井上鑑(いのうえ・あきら)の名前を知ったのは、川島なお美のアルバムの作曲者・編曲者で(しかもいいなと思った曲で)多く名前を目にしたところからで、気になる人だった。加えて、中高生当時の乏しい情報のなかでは名前が何と読むのか分からないという意味でもミステリアスだった^^;(「あきら」というのを知ったのは、ずっと下って40代半ばにもなる) 当時の井上は東芝EMIのニュー・ウェーブ4人衆の一角だったというのでおそらくレコード会社主導による選定での参画だったのだろうが、大瀧詠一との緊密な関係をみるに、杉真理や伊藤銀次など川島のこの時期の作風を形成するうえで欠かせない人脈への接点になったのだろうと推測させられる。

 

作曲家・編曲家として高名な井上だが、自作アルバムを耳にしている人は知名度に比して少ないのかもしれない。自分も井上のアルバムを聴くようになったのは40代半ばぐらいからだが、好きなんだけどどこかとらえどころがなくて扱いづらいという印象があってなかなかこのサイトでも採り上げられないでいた^^; しかし、80年代に東芝EMIからリリースされたオリジナルアルバム4枚をひととおり揃えることも出来たし、ここらで重い腰を上げようかと思う。

 

井上は桐朋学園大学在学中の1974年からCM音楽作家とキーボード演奏のジャンルで音楽活動を開始し、大瀧のユニットに参加したりピンク・レディーの曲でキーボーディストを務めたりしたという。1981年寺尾聰のシングル「ルビーの指輪」にて第23回日本レコード大賞の編曲賞を受賞したところでアレンジャーとしての声価は定まったといえるだろうが、ソロデビューシングル「GRAVITATIONS」(1981)が発表されたのもこの時期にあたる。

 

ファーストアルバム「PROPHETIC DREAM 予言者の夢」は翌1982年のリリースとなる。ほぼ全曲作詞作曲アレンジを井上本人が担当している。1曲だけ作詞に前田未来(まえだ・みき)という人が共作者としてクレジットされているが、プロフィールについては確認がとれなかった。オリジナルのレコードは袋が歌詞カードを兼ねる装幀になっているが、歌詞に細々と注釈がつけられたりなどペダンティックな雰囲気に満ちていて、井上のとらえどころのないイメージがさらに加速することとなった^^; いちおうニューミュージックないしシティポップに属するものなのだろうが、歌というよりも音楽に比重の置かれた作風というか、詞が雰囲気づくりの装飾として漂っているような印象を受ける。もっと深く読み込んでいて異論を持たれるという人もあるのかもしれないが^^;、理詰めで捉えず響きを味わうのが正解?なのかといまは考えている。

 

冒頭はミステリアスな雰囲気に満ちた「バルトークの影」。著名なクラシック作曲家ベーラ・バルトークが詞に現れるが、音楽的にはあまりバルトークっぽくない気がする^^; 井上は父親が高名なチェリスト井上頼豊であるしクラシックな素養はあるのだろうが、バルトークが好きでオマージュのつもりで書いたのか。続く「SUBWAY-HERO」は一転してアグレッシブとなる。3曲目「レティシア」は往年のフランス映画「冒険者たち」(1967)でジョアンナ・シムカスの演じているヒロインの名前に由来する。自分は主演の1人アラン・ドロンのファンなのでこの映画も観ているが、この映画の音楽とは雰囲気が違う気がする。井上なりのこの映画の解釈ということなのかもしれないが。なお、この曲も「GRAVITATIONS」に続くシングルレコードとしてリリースされている。

 

4曲目「DOUBLE-CLOSSING」はこのアルバム中では異色のラブソングっぽい詞だが、タイトルどおり恋人の裏切りがテーマとなっている。LPでいうA面の最後「LOST PASSENGERS」は、沈没したタイタニック号の乗客へのレクイエムなのか、このアルバム中では慎ましやかな曲である。歌声のエコーに異世界的な響きを感じる。

 

LPでいうB面冒頭は「リンドバーグ物語」。リンドバーグは大西洋を単独で無着陸横断した初のパイロット、チャールズ・リンドバーグを指す。その名から想起されるイメージにふさわしい、快活な曲だ。続く「ヒンデンブルグ号へようこそ」も、20世紀前半の著名な飛行船がタイトルとされている。井上はこの時期の航空史にロマンを感じていたのか。こちらは「リンドバーグ物語」に比してリラックスしているような曲調だが、飛行船に対するイメージのようにも感じられる。

 

B面3曲目「COSMONAUT コスモノート」はロシア語でいう宇宙飛行士で、さらにSFの世界へと飛翔する。注釈によるとレイ・ブラッドベリの作品に由来するようだが、傷ましい鎮魂歌という趣きでA面の「LOST PASSENGERS」に対比されるもののようだ。4曲目は前出ソロデビューシングル「GRAVITATIONS」。グルーヴ感の冴えた印象を受けるが短く、切れ目なしにラストの「ユヴェスキューレ」へと続く。ユヴェスキューレは一般的にはユヴァスキュラと呼称されるフィンランドの都市で、ここで開催されるラリー・フィンランドが扱われているようだ。ラリーのゴールを安息の街と捉えた、ロマンティックな雰囲気で締めくくられる。