渡辺真知子というと、「迷い道」(1977)「かもめが翔んだ日」(1978)「唇よ、熱く君を語れ」(1980)などのヒット曲で知られる。当時の自分は小学生だったので、リアルタイムで歌謡曲のランキング番組を観ているということもなかったが、何らかの機会でこれらの曲は耳にしていた。加えて、村下孝蔵のアルバム曲でコーラスを務めていたり(「新日本紀行」所収の「愛着」)、川島なお美の詞に曲をつけていたり(「銀幕のヒロイン」の表題曲と「まるでカサブランカ」)と、自分のなじみのアーティストとの共演でしばしば名前を目にすることがあった。さらに、同じ神奈川県横須賀市出身というのもあって、なんとなく親近感をおぼえるようになった。それが渡辺の初期のアルバムがひとまとめになっていたものをヤフオクにて落として聴いてみるきっかけとなった。

 

渡辺は高校在学中に結成されたPIAというグループに参加したのが音楽活動の始まりで、このグループで歌った自作曲「オルゴールの恋唄」が1975年の第9回ヤマハポピュラーソングコンテストにて特別賞を射止めたのが注目されるきっかけとなったようだが、歌手デビューに到るのは1977年洗足学園短期大学を卒業してからとなった。在学していたのが音楽科で声楽専攻だったというだけに慎重を期してということだったのかもしれない。それだけに押しの強い歌唱のパワフルさが売りというところはあるが、ひさびさにちゃんと聴いてみた当初は忙しないように思えてキツい響きに感じられた^^; 何枚か聴いているうちにだんだん慣れてくるようにはなったが。

 

ファーストアルバム「海につれていって」(1978)は上記「かもめが翔んだ日」「迷い道」2曲を収録しており、渡辺を知るうえでもっとも手軽な内容となっている。ほぼ全曲作詞作曲が渡辺本人の自作曲だが、「かもめが翔んだ日」及びそのシングルレコードにおけるカップリング曲「なのにあいつ」のみ伊藤アキラが詞を担当している。また冒頭のインストゥルメンタル「海のテーマ」は編曲者の船山基紀の作曲となっている。アレンジはこの船山が一手に手掛けている。このサイト執筆を通じて期せずしてこの時期のCBS・ソニー所属アーティストの何人かのアルバムをウォッチングすることとなったが、この渡辺における船山に同じく、村下孝蔵における水谷公生、五十嵐浩晃における鈴木茂、久保田早紀における萩田光雄と、同じアレンジャーと継続的にアルバム制作をすすめる体制が整えられていたらしく見受けられる。これは安定した制作環境を構築するのには寄与したのだろうが、反面マンネリ化に陥りやすい危険があったのではないか?と思ったりする^^;

 

冒頭は上記「海のテーマ」。ゴージャスなオーケストラサウンドが心地いいが、そのまま切れ目なしに表題曲「海につれていって」へと繋がるので、ほとんどイントロのように感じてしまう^^; 「海につれていって」は短めのプロローグのような扱いに思えるが、おおらかさを感じるスケールの大きな曲である。続いてセカンドシングルとなった「かもめが翔んだ日」。この曲は演奏しているアーティストたちが勢い優先でメトロノームの類を使わず収録したそうなので、後半になるにつれて加速していっている。そのため、ひさびさに聴いた当初はついていけない感があった^^; 

 

3曲目「片っぽ耳飾り」は初期の中島みゆきを思い出させるような歌唱と曲である。そういえば船山は「悪女」(1981)など中島のヒット曲をいくつかアレンジしていたものだ。次の「愛情パズル」は幾分くつろいだ曲調に変わるが、LPでいうA面最後の曲「私の展覧会」は神妙な面持ちでB面へ続くという雰囲気を醸し出している。

 

B面冒頭がデビューシングル曲「迷い道」。「かもめが翔んだ日」と双璧といえる曲だが、自分は上記のような「かもめが翔んだ日」への違和感のためもあり、こちらの「迷い道」のほうが好きだ^^; メランコリックではあるが深刻にはなりすぎていない曲調で、渡辺の歌唱がほどよく中和されている感じか。続くのはシングル「かもめが翔んだ日」の裏面となった「なのにあいつ」で、「迷い道」の雰囲気を承けている印象の切ない曲。3曲目の「今は泣かせて」は、タイトルどおり悲しい方向へと盛り上げていく。しかし、次の「朝のメニュー」は和やかな雰囲気に変わって慰められる。最後の「あなたの歌」はしっとりとして慎ましやかなエンディングになっているが、この曲も特に歌い出しの方など初期の中島みゆきっぽい印象だ。