デビューシングル「異邦人」(1979)及びファーストアルバム「夢がたり」(1979)双方がヒットした勢いに乗じてリリースされた感のあるセカンドシングル「25時」(1980)及びセカンドアルバム「天界」(1980)だが、久保田早紀は当初からプロデューサーの金子文枝と最初の3作分くらいのアルバム制作の展開について話し合っていたといい、もともと「25時」もデビュー曲候補とされていたものだったそうなので、実質この両者のアルバムは並行して成立されたものに近い感覚だったのではなかろうか。

 

「25時」にしても「天界」にしても、セールス的には前作に比して遠く及ばない結果となっている。これについて「曲の完成度は前作と遜色なかったが二番煎じと受け取られたのだろう」という久保田への思い入れの大きそうなコラムニストの私見がWikipediaにて定説であるかのように採り上げられているが、個人的にはアレンジが「夢がたり」に比して格段に物足りないと感じてしまうので、そのあたりが原因なのではないかという気がする。前作「夢がたり」について「萩田光雄のアレンジがいつになく素晴らしい」と褒めちぎった自分だが、こちらの「天界」では萩田の「通常運転」に戻ってしまった感じに思えてしまう^^; 確かに曲自体は、メランコリックな味わいが捨てがたいと感じるものも多い。前作では山川啓介単独による詞の曲が3曲を占めていたが、「天界」においては冒頭の「シャングリラ」1曲のみに留まっており、より久保田本人の資質に拠るところが大きいようだ。

 

その冒頭の「シャングリラ」は、「異邦人」の味わいに近い異国情緒の道具立てに満ちた曲だ。情愛をめぐるさまよいを旅に見立てる暗喩は前作「夢がたり」所収の「サラーム」(こちらの詞は久保田本人だが)に近い。続く表題曲「天界」は、異国情緒というよりは神秘的な世界を志向した詞だ。ただし、結びに使われている「エムルーズ ファルダー」というのは「今日 明日」を意味するペルシア語であるとのこと。

 

3曲目「碧の館」は打って変わって、ファドを思わせるギターサウンド主体の曲。そして4曲目「真珠諸島」はポップなタッチに転換する。間奏の長い管楽(フルート?と思ったがミュージシャンをみるとクラリネットなのか^^;)のパッセージは数少ない萩田アレンジの見せ場である^^; LPでいうA面最後の曲「アクエリアン・エイジ」も前曲に続き軽快な印象だが、詞は歴史ロマンを感じさせるものだ。

 

LPでいうB面冒頭は、センチメンタルなキーボードで始まりストリングスが承けるイントロの「葡萄樹の娘」で大きく場面の転換がなされる。次いで、シングル曲とされている「25時」。ここから3曲は詞が久保田本人と山川の連名になっている。前記のとおりこれはデビュー曲候補となった曲だが、テイストは「異邦人」に近く、確かに同じような曲を続けたのはどうかと訝しくなるところはある^^; 3曲目「田園協奏曲」はキーボードとストリングスだけの簡素なアレンジが慎ましやかだ。次の「みせかけだけの優しさ」はシングル「25時」のカップリングとされた曲で、デビュー当時よりかなり前の作品であるという。この曲はややアップテンポで変化がつけられていたが、次の「最終ページ」では穏やかな雰囲気に戻る。しかし、この曲はタイトルが示しているようにアルバム最後に置かれており、ストリングスを配してクライマックスを盛り上げるようになっている。