年に4・5回発生する小腸の膨張&痛みが昨夕から始まり、腸が水分さえも受け付けなくなり、昨夜はほぼ寝付けずそして、今日一日病人状態であった。
でも今回は何時もより早く治り、今夕には夕食を軽めに摂れた。
この状況が始まった要因は、12年前に手術で胃と堪能を摘出した結果以来の症状なのである。
手術後の経過観察の5年間にも上記の頻度で発生していたのであるが、その都度、日赤の救急外来に自車で駆け込み、診察を受けるのであったが、触診や検査結果には異状がない…と診断され、更に2時間ほど点滴を受けると何故か小腸の膨張と痛みが取れ、自車で帰宅するのが恒例となっていた。
上記症状が発生したある夜、たまたま外科の主治医の先生が救急当番であったので、症状を細かく説明したが、やはり原因が見当たらない&点滴の成果を伝えたら、その液体は「蒸留水?=水分補給液です…」とのことであった。
術後5年を経過したとき、その主治医の先生から「もう大丈夫ですから、定期診察は不要です…」と宣言された後でも、数回、救急外来に自車で駆け込んだが、それ以降は現在に至るまで、腸の晴れ痛みが発生した時には、2日間ほど自宅で飲み食わず&出もしない吐き気をモヨオシながら、寝たり起きたりをして辛抱していると症状が治まることを察知した。
その症状の都度、コメカミの深み(?)が増し、ヤツレテが深まっているようである。
そのヤツレを俯瞰している己を発見するにつけ、己の人生を顧みる機会となっている。
なお、愚痴になってしまうが、胃ガンの発見の顛末は、2013年5月3日の夜半から始まった背中の右腹の激痛が発端であったのであった。
某病院内科の主治医に「何度も激痛が起きる…」と申告をすると、「ではMRC・レントゲンの検査をしましょう…」の結果、「胆のうに結石はあるが、痛みの原因にはならない…」との診断。
更に激痛を申告をすると、胃カメラの検査を行った。その結果「初期の胃ガンです。当院の外科を紹介します」と宣告。
外科では「内視鏡の内膜剥離手術ができる病院を紹介します」となり、転院したのであったが、紹介された病院の検査の結果「胆管に結石で胆管が詰まり、黄疸の症状が激しいので、取りも取り合えず『緊急入院をしてください…』とのことであった。
しかし、その消化器内科の主治医が三度、胆管結石の除去手術をしても結石を取り切れず、三度も入退院を繰り返し、結局、消化器内科部長による「胃の内膜剥離手術が実施されたのは、9月末になっていた(部長談=剥離の面積は、担当して二番目の大きさ&全身麻酔は初めての患者とのこと=自慢にはならないでしょうと直感した)。
その手術の結果「リンパ節に転移しているが否かは、開腹手術をしないと判別ができない…」ということで、家族と相談して「外科手術を選ぶ」ことにした。
外科手術の前に、何度も再発を繰り返した胆石除去手術を外科の主治医が行ったところ一度の手術で除去、その後、現在に至るまで胆石の症状からは解放されている。
今でも思うのは、あの消化器内科の主治医は藪医者ではなかったのではないか?&胆石を一度の手術で完了していたら、胃と胆のうの摘出手術を受けることもなく、内膜剝離手術で完了していたら、現在までの生活程度の質が劣化をしないで済んだのではないか、という思いもある。
その反面、内膜剝離手術で完了していたら、今現在、己の心身はこの世には存在していなかったのかも…と、両極端の思考を繰り返している己がいる。
書き込みを始めたら、初めての愚痴の顛末になってしまった。
口直し(?)に、己のPC内にある撮影年月日の分かる古い写真を添付し、口直しをしたい。
???写真を添付しようとしたが、アップロードには過去に使った?らしい写真がアップされていて、新たなアップロードができないようです。
Amebaのこの状況は、初めてなので戸惑っています。
次の機会に試行してみます<(_ _)>。

これは水上町・諏訪峡から見た谷川岳のようです(^^;)。