町内の歴史 | 憧れの『称号』を掴む時・・・/2:59

憧れの『称号』を掴む時・・・/2:59

走るオヤジ!
苦節2年、故障を克服し「第1回大阪マラソン」で完全復活!
次なる野望 ・・・ その称号を手にするまでの記録を綴る。

前回話したように、うちの町には姉妹町がある。
俺もこの町にきてまだ7年程度なので、そんなに詳しくは無いが
聞くところによると・・・

うちの町は「南平町西部」。そして姉妹町として「南平町東部」がある。
その昔、といっても10数年前までらしいが、かつてこの2つの町は一つだったらしい。
現在の「南平町西部」だけでも10世帯×10組 = 約100世帯
東部にいたっては、最近マンションが増えたのでもっと多い世帯数となる。

かつての名残として、地蔵盆にいたっては合同で行い、子供たちだけでも
100人前後の大きな催しとなるのである。

そしてまた、32町が参加する区民運動会にあっても、なぜかこの町内には
運動神経に長けた住民が多く、5連覇を果たした時期があったそうである。

当然プロ野球のように、裏金が動くようなドラフトがあったり、スカウトがあったり
FA制度があったりなどするはずもない。
ただ単に偶然的にそうした住民が集まるだけなのである。

そうゆう話を聞くと、逆に俺がこの町内に引っ越してきたのは
単なる偶然ではないような気もするが・・・。

当然、区民運動会で5連覇もすると他の町の士気も一気にさがるもの。
と、いうことでこの2つの町内は東部と西部に分割させられたのである。

そして、

平成 7年:西部優勝
  ・
  ・
平成13年:西部優勝
  ・
  ・
平成17年:西部優勝
平成18年:東部優勝
平成19年:西部優勝

と、近年では我が西部がその強さで他を圧倒し、
ここ3年に至っては、かつての同町とその優勝を分け合う形となっている。

だから、余計にプレッシャーがかかるのだ。