---概略---
彼らが求めることを一言で表現すると、「自然体で働ける環境」。
もちろん仕事は頑張るが、必要以上に無理はしないというスタンス。
そして最も重要なのは、それを声を大にして主張できる社会が既にできており、認めざるを得ないこと。
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「自然体」
言いたいニュアンスはこう。
「人間が本来持っている性質や本能に逆らわないでいい生き方」
こういう事を「自然体」って言葉で定義したいんだけど、うまく伝わっているかな?
人が本来持っている「性質や本能」に逆らって生きることはとてもツライ。
一時的に必要な場合はなんとかやれるが、それがずっと続くとなるとやっぱりそこにはいたくない。
誰でもそうだと思うんだけど、私はやっぱり我慢は好きではない。
我慢しないでいい生き方ができればそれに越したことはない。
でもそれってなかなか難しいのも現状なのだが・・・
日本って「我慢」を美徳とする風潮ってあるよね。
苦労=美
自己犠牲=美
苦労して苦労して寝る間も惜しんで働いて、自分の体と心を犠牲にしてまで人に尽くす。
それを美談とするストーリーはたくさんある。
それはそれで美しいと思うが、でも一方でそれは人が求める自然な姿ではないとも思う。
かつてのバブルのころ、「24時間タタカエマスカ?」なんて言葉も流行った。
その頃って働けば働くほど稼げたんだろうな。
だから残業のやりがいもあったし、文句を言う人もあまりいなかったんだろう。
そうすることがカッコいい、なんて風潮もあった。
もう30年前になるかな。
今それを言うと大ブーイングだろうな。
バブル後、社会全体が不況になってきて残業や無理をしても思うように稼げなくなってきた。
しかし「24時間・・・」の風潮だけは残り、とにかくたくさん働くことが相変わらず求められた。
その代償が今になって「形」として目立つようになってきたのではないかな。
サービス残業問題や過労死、パワハラ、働き方問題など。
パワハラなどは昔からあった。
しかしそれが根性論や精神論で押し付けられ、それがまかり通っていた。
そうすることで稼げていたこともあるんだろう。
しかし本来、人が持っている本能や性質ってとても根強く、それは絶対に変わらないはず。
本当は誰だってツライことはやりたくない。
これはおそらく1000年前もそうだし、1000年後もそうだと思う。
今は根性論や精神論で押し付けられてきた文化が意味を成さなくなっている。
さらには「残業=カッコ悪い」という空気も流れ始め、それを推奨する企業も増えてきた。
「残業しない!」って堂々と宣言することが認められる時代。
まさに働き方のパラダイムシフト。
そうなると、当然ながらこれから就職する若者達の考え方も以前とは変わって当然。
就職先を探す際には「自然体」でいられる会社が優先になってくるだろう。
というより、その風潮は既に肌で感じる。
私のようなオジサンが若い頃は「とにかく稼げるところ!」なんて思っていた。
バリバリ稼いでイイ車乗って、デカイ家を建てて・・・
なんて思っていたものだが、今の学生さん達の中でそんなことは全く聞かない。
先日、「どんな人生を送りたいの?」
なんて学生さんに聞いたが、ハッキリとした答えが返ってこなかった。
これは聞き方が悪かった(^^;)
そして、「求めるのはワークライフバランス?」って聞いたところ、
「それ!」という即答があった。
その後も話を続け、ハッキリした。
「稼ぎたい!」って言った学生は一人もおらず。
分かってはいたつもりだったが、やはり今の若い人たちが求める仕事観はオジサンたちとは大きく異なる。
彼らが求めることを一言で表現すると、 「自然体で働ける環境」。
もちろん仕事は頑張るが、必要以上に無理はしないというスタンス。
そして最も重要なのは、それを声を大にして主張できる社会が既にできており、認めざるを得ないこと。
就活でのパラダイムシフトは確実に起きている。
もはやオジサンの感覚で若い人や学生さんに接してはいけない。
それは確実に嫌われる!
「文句を言わずに会社に合わせろ!お前の代わりはいくらでもいるぞ!」
なんてことを言ったものなら、
「代わりになる会社はいくらでもある!」
なんて逆襲を食らってしまいそう。
そしてそういう会社の評判は落ちるばかり。
さらには一人の学生の後ろには、多くの友達や後輩がいる。
そのことを考えると・・・
従来からある会社の空気、文化、それを変えることができるところに若者は集まっていくんだろうな。
もはやそうするしかない。
最後に。
かつて「モーレツ社員」が存在して、「24時間働けますか」の時代があったことで今の世の中がある。
そのような人たちや社会に感謝と敬意を忘れてはいけないと強く思う。