七梟の俳句 ‐ チャイコフスキー - 交響曲 第1番 ト短調 Op.13 《冬の日の幻想》 | 七梟のブログ

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チャイコフスキー - 交響曲 第1番 ト短調 Op.13 《冬の日の幻想》 歌劇《エウゲニ・オネーギン》から  カラヤン ベルリンフィル

呼ぶことも 呼ばれることもない 神の留守 永野七梟
 
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン 
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 
1977年12月9・10日、1979年1月26・29日、2月19・20日[交響曲 第1番] 
1971年1月[エウゲニ・オネーギン] 
ベルリンフィルハーモニー[交響曲 第1番] 
ベルリン[エウゲニ・オネーギン]
 
交響曲 
第1番 1 第1楽章 冬の旅の幻想
        Allegro tranquillo - Poco piu animato 0:00 
2 第2楽章 陰気な土地、霧の土地 
       Adagio cantabile ma non tanto - Pochissimo piu mosso 11:44 
3 第3楽章 Scherzo. Allegro scherzando giocoso 23:53 
4 第4楽章 Finale. Andante lugubre - Allegro moderato - Allegro maestoso - Allegro vivo - Piu animato 31:54
 
エウゲニ・オネーギン 
5 ポロネーズ 44:47 
6 ワルツ 49:53
 

チャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」は、若きチャイコフスキーの苦悩とともに

 

チャイコフスキーが26歳の時完成した第1交響曲は、彼自身の手によって、第1楽章に「冬の日の幻想」、第2楽章に「荒野の土地、霧の土地」と副題がつけられていて、典型的なロシアの冬の情景を思い起こさせます。特に第1楽章は冒頭から木管楽器による繊細な旋律が登場し、ロシアの冬の平原を旅しているような、叙情的な出だしとなっています。その後は、後年のチャイコフスキーを思わせる堂々とした金管などのパッセージが現れ、既に第1番から彼の個性に満ちた本格交響曲となっています。

 

チャイコフスキーは、さっそく、草稿の段階からペテルブルグの恩人、アントン・ルービンシュタインに見せます。しかし、演奏に値しないと、酷評されてしまいます。そのため、同じ年にすぐさま改訂して「第2稿」を作り上げて、再び見せますが、それでも芳しい評価を得られません。まだ20代のチャイコフスキーが、音楽の道に導いてくれた師匠に、最初の力作をたびたび批判されたのは、さぞつらかったに違いありません。

 

弟のニコライは、兄よりチャイコフスキーを評価していたので、まず、最初にモスクワで3楽章のみを初演し、翌年にはペテルブルグで2,3楽章を、そして、翌々年にモスクワでやっと、全楽章をすべて自ら指揮して演奏会で発表させます。ここで一定の評価をやっと得ることができ、チャイコフスキーもうれしそうに手紙に書き記したりしています。

 

しかし、まだ話には続きがあります。この曲が楽譜として出版社からの出版が決まったのはチャイコフスキーが30代半ばになってからで、ここでも、彼は改訂をして少し曲の長さを短縮します。この版で正式に演奏されたのは、43歳の時。そして、48歳の時に、新たにオーケストラ用パート譜(それぞれの楽器に分割した譜面)が出版されますが、ミスが多かったため、ここでもチャイコフスキーは楽譜に手を入れて、書き直します。現在、チャイコフスキーの「交響曲 第1番」として演奏されるのは、この最後のヴァージョンの楽譜を使っていることがほとんどです。

 

気が付いてみれば、最初の作曲から20年以上経っていました。すでにチャイコフスキーは交響曲を5曲も完成し、ロシアを代表する作曲家となっていました。それでも、最初の交響曲にしっかりと目を通したということは、やはり交響曲の処女作として愛着があったのでしょう。寒くなると聴きたくなるこの曲は、ロシアの厳しい冬と、若きチャイコフスキーの苦悩を感じさせてくれます。