モダンジャズにおけるトロンボーン演奏の第一人者であり、ジャズ界で「J.J.」と言えば | 七梟のブログ

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J. J. Johnson - J Is for Jazz ( Full Album )

トロンボーン・マスター、J.J.ジョンソンの米Columbia移籍第1弾。他の追随を許さない軽快なスライドさばき、粒立ちの良い音色、豊かな歌心、そして卓越した作編曲能力と、彼の魅力がすべて収められているといっても過言ではない充実した内容。トミー・フラナガン、ハンクとエルヴィンのジョーンズ兄弟などサイドメンも最高のプレイを示す。

 

J. J. Johnson - J Is for Jazz ( Full Album )

1. Naptown U.S.A." - 00:00 ナップタウンUSA

2. "It Might as Well Be Spring"  - 05:03 春の如くに

3. "Tumbling Tumbleweeds"  - 09:53 タンブリング・タンブルウィーズ

4. "Angel Eyes"  - 14:09 エンジェル・アイズ

5. "Solar"  - 17:46 ソーラー

6. "Overdrive" - 23:03 オーヴァードライヴ

7. "Undecided"  - 26:28 アンディサイデッド

8. "Never Let Me Go"  - 30:35 ネヴァー・レット・ミー・ゴー

9. "Chasin' the Bird"  - 34:19 チェイシン・ザ・バード

10. "Cube Steak" - 39:05 キューブ・ステーキ

 

J.J.ジョンソン(TROMBONE)

ボビー・ジャスパー(FLUTE,TENOR SAX)

ハンク・ジョーンズ(PIANO)

トミー・フラナガン(PIANO)

パーシー・ヒース(BASS)

ウィルバー・リトル(BASS)

エルヴィン・ジョーンズ(DRUMS)

 

1956年7月24日,25日,27日 NY録音

(MONO)

 

モダンジャズにおけるトロンボーン演奏の第一人者であり、ジャズ界で「J.J.」と言えばすなわち彼を指すほどに著名な存在である。インディアナ州インディアナポリス生まれ。スウィング・ジャズ全盛期の1941年にクラレンス・ラブ楽団に在籍、プロとしての活動を開始。ベニー・カーター楽団(1942年-1945年在籍)やカウント・ベイシー楽団(1945年-1946年在籍)といった名門ビッグバンドでキャリアを積んだ。1950年代初頭に、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらとの演奏活動を通じてテクニックを磨き、のちに「空前絶後」と評された独自の演奏スタイルを確立してモダン・ジャズ時代の人気プレイヤーのひとりとなる。いくつかのリーダー・グループを率いたが、人気・実力共もっとも高かったのは1954年に白人のトロンボーン・プレイヤーカイ・ウィンディングと結成した2トロンボーン・コンボ「J&K」であろう。二人は日本でも「スウィング・ジャーナル」誌における人気投票のトロンボーン部門で常に上位を争う存在であった。二人のコンボは、その独創性と完成度によって当初から高い評価を得ていた。またプレイヤーとしてだけではなくアレンジャーとしても活躍しており、自身が参加していないアルバムのアレンジや、映画音楽のスコアも数多く手がけている。70歳近くになってからもマッキントッシュPCでの編曲を始めるなど、精力的に活動。作曲面の才能もあり、バラード「ラメント」"Lament"などの代表曲がある。晩年まで音楽活動を続けたが、前立腺癌による病苦から2001年、インディアナポリスにて自殺した。

 

 

J.J. Johnson Quintet - Bernie's Tune

J.J. Johnson (tb), Bobby Jaspar (ts,fl), Tommy Flanagan (p),Wilbur Little (b),Elvin Jones (ds)
Album:" J.J.Johnson Quintet/Complete Recordings "
Recorded :Live At The Cafe Bohemia, New York City, 1957

 

モダンジャズのトロンボーン奏者としてはピカイチだったJ.J.ジョンソンが、白人ながらテナーサックスやフルートに秀でたポビー・ジャスパーと組んでいたレギュラーバンドは、1956~1957年にかけて、本当に素晴らしい演奏を残しました。