町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ファースト・マン』について話していました。
(町山智浩)熱い感動みたいなものを期待すると、そうじゃないんですよ。だからものすごい難しいことをしていますんで、ぜひこの『ファースト・マン』を。2月8日公開。ご覧になってください。
『ファースト・マン』本予告映像
(町山智浩)人類史上最初に月に着陸した男、ニール・アームストロング船長の映画が『ファースト・マン』。しっかりした話ですよ。
(町山智浩)ちょうど今年が50年目に当たる。それでもうずっと映画化されると言いながら、何十年も映画化できなくてやっと完成したんですね。これ、監督がなんと『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督で、ずっとミュージカル映画を作り続けた人が突然、アポロの映画を撮ったという。
(町山智浩)主役が『ラ・ラ・ランド』のライアン・ゴズリングで。まあ『ラ・ラ・ランド』では歌って踊っていた人なんですけども、今回のアームストロング船長の役はほとんどしゃべらない。
(町山智浩)感情もほとんど出さない。
(町山智浩)宇宙を目指す宇宙飛行士の話っていうと、みんなが想像するのはアメリカの旗、星条旗がバババッとあって。それで「俺はアメリカのためにがんばるぞ! 人類初の月着陸を目指すんだ、イエーッ!」みたいな。
(町山智浩)全然そうじゃないんですよ、この『ファースト・マン』って。ひんやりして、冷たい映画なんですよ。
(町山智浩)そのぐらい心を閉じてしまった男の話をどうやってドラマにするのか? しかもお客さん、観客が彼に感情移入をしなきゃならないんですよ。感情移入しにくいでしょう? だからこれね、映画化に苦労をしたんですけどこのデイミアン・チャゼル監督は「じゃあ、無理やりさせる!」っていうやり方を取って。全てのシーンがほとどんアームストロング船長の一人称で撮影するというやり方になっているんですよ。
(町山智浩)カメラがアームストロング船長の視点になるか、アームストロング船長の顔ギリギリから撮影するというやり方で。もう無理やり宇宙船に……だからアームストロング船長を見ていたらいきなり腕を掴まれて「おい、あんたも乗れ!」っていきなり乗せられちゃう感じ。
(町山智浩)それでしかも、宇宙船が飛んでいる時に宇宙船の外側から見せて「宇宙船が飛んでいますよ」っていう画が普通、あるじゃないですか。それがほとんどないんです。
(町山智浩)ほとんどがアームストロング船長の目から見た、宇宙船のコックピットに小さい窓があって。そこから見える風景だけ。
(町山智浩)はい。その頃の宇宙船って全く身動きが取れない棺桶みたいなものなんですよ。身動きが取れないから、座ったままなんですね。ほとんど。で、カメラがもう顔10センチぐらいから撮影をし続けて。だから無理やり観客を宇宙船に乗り組ませて、ベルトで縛っちゃって、「もうお前は動けねえぞ!」みたいな。そういう映画になっているんですよ。
(町山智浩)で、それをやるためにもうひとつ、その監督がリアルを作るために苦労をしているのが、まずデジタルとかコンピュータグラフィックスは基本的には使わない。一切使わない。で、宇宙船とかは全部ミニチュアとか模型で実物大とかを作って、昔の特撮風に撮っていますね。
(町山智浩)この時代に。全部本物と同じ大きさ、ないしはそのミニチュアを使って撮っているんですよ。で、背景に宇宙とかが映るのも合成じゃなくて、実際に巨大なLEDのスクリーン、モニターを作って、そこに当時のNASAの映像を映して。それを背景に模型を動かして撮っているんですよ。
(町山智浩)感覚としてやっぱりフィルムで撮った方が昔の感じがするんですよ。で、この映画は1969年当時のNASAとかニュースフィルムで使われていた16ミリフィルムが使われています。これ、超大作なんだけど、これぐらいのちっちゃいカメラで撮っています。16ミリフィルムで。
(町山智浩)ものすごいこだわっています。で、月面のシーンは、月面って逆に全くホコリとか空気がないんで完全にクリアだから、これはものすごくクリアに映る70ミリフィルムで撮影をしているんですよ。
(町山智浩)だから逆にキチキチッとピントがピーッ!って合う感じで撮っているんですけども。それは逆にデジタルよりもピントが合うんですよ。解像度が高いから。70ミリフィルムの方が。だからそういうね、ものすごくフィルムであるとか撮り方で苦労をして、本当のリアルのアームストロング船長を感じさせてやるという。で、「アームストロング船長っていう人は全くパニックを起こさないから君たちとは遠い人だけども、もうお前はアームストロング船長と一緒の宇宙船に乗せたからな!」っていう映画なんですよ。
(町山智浩)でね、その当時のフィルムとかを使って撮影をすることだけじゃなくて、音まで当時の録り方をしているんで。今日はまだ時間があるからその話をちょっとしたいんですけども。まず1曲、聞いてほしいんですけども。この『ファースト・マン』のサントラから『Crater』っていう曲をお願いします。
"Quarantine (from First Man)" by Justin Hurwitz
(町山智浩)女性のハミングに聞こえるんですけど、これは実はテルミンという電子楽器を使って演奏しているんですよ。
(町山智浩)アンテナが2つついていて、そのアンテナの間に手を入れて、その手の動きでもって曲を奏でるという電子楽器があるんですよ。
(町山智浩)「ファワワワワ……♪」っていう音なんですけども。これは1919年にロシアの発明家のテルミンさんが作ったもので。世界最初の電子楽器と言われているんですね。手はコンデンサーの働きをして、その音の高さを変えるんですけども。これがなぜ、この『ファースト・マン』という映画に使われているかっていうと、ちょっとこの曲を聞いていただけますか? 『Lunar Rhapsody』です。
Soundtrack #1 | Lunar Rhapsody | First Man (2018)
(町山智浩)これもテルミンなんですよ。で、これは『Lunar Rhapsody』という1947年の曲でハリー・レベルっていう人が作曲したものなんですけども。この曲は実はアームストロング船長が大好きな曲だったんですよ。実際に。で、月面に行った時に月の周回軌道を周りながら宇宙船の中で実際にカセットテープを持っていって、そこでこの曲を演奏したんです。
(町山智浩)それを知ったこの『ファースト・マン』の音楽担当のジャスティン・ハーウィッツという人は「あっ、テルミンを使おう!」って思ったんですって。「アームストロング船長はテルミンが好きなんだから。これがその当時の宇宙の音なんだ!」って。
(町山智浩)テルミンなんですよ。宇宙ではじめてかかった音楽っていうのは。でね、これはサミュエル・ホフマンっていう人がテルミンの演奏をしているんですけども、このサミュエル・ホフマンっていう人はものすごくたくさん、1950年代、60年代のアメリカのSF映画でこのテルミンの演奏をしているんですけども。「ワワワワワワワ……♪」っていう音なんで、なにに使っているかと言うと、謎の円盤UFOが飛んでいく時の音なんです。
Apollo 11 Launch (from First Man)" by Justin Hurwitz
(町山智浩)普通にただ流すだけじゃなくて人間の震えとか恐れとか恐怖とか、特にそのアームストロング船長は全く感情を外に出さなかった人なんで、その内面的な緊張感みたいなものを表現するためにレスリースピーカーを使っているんですよ。
(町山智浩)ただね、この映画はすごく表立った感動はなくて。特に強い言葉で言ったりしないんですよ。アームストロング船長は。「やったー!」とか。
(町山智浩)月に着陸したら普通、それを中継で見ている全ての人たち、地球全体の人たちが「イエーッ!」とか言ったりするっていう。テレビの前とかで。それとか凱旋パレードがあったり、大統領から勲章をもらったりとか。そういうのは一切ないんです。星条旗を立てるシーンもない。
(町山智浩)アームストロング船長は。「イエーッ! アメリカ!」みたいな人じゃなくて、淡々としていたんで、その非常に内面的な部分を表すためにこの微妙な効果を使っているというものすごい高度なことをやっているんです。
(町山智浩)熱い感動みたいなものを期待すると、そうじゃないんですよ。だからものすごい難しいことをしていますんで、ぜひこの『ファースト・マン』を。2月8日公開。ご覧になってください。
『ファースト・マン』本編映像 ”過酷な月面着陸訓練”