Pau Casals - El cant dels ocells (at the White House)
カザルスがカタルーニャ民謡『鳥の歌』(El Cant dels Ocells)を演奏し始めたのは、第二次世界大戦が終結した1945年といわれる。この曲には、故郷への思慕と、平和の願いが結びついており、以後カザルスの愛奏曲となった。
「生まれ故郷の民謡をひかせてもらいます。鳥の歌という曲です。カタルーニャの小鳥たちは、青い空に飛びあがるとピース、ピースといって鳴くのです。」
1961年12月13日のホワイト・ハウスでの演奏会と1971年10月24日(国連の日)にニューヨーク国連本部での演奏会での「鳥の歌」に関するスピーチを引用しました。国連では故郷(祖国)であるカタルーニャ(=カタロニア:Catalunya)について語った後での言葉です。カタルーニャは現在はスペインの自治州として属していますが、カタルーニャ君主国であったところです。スペイン内乱後はフランコ政権によるカタルーニャ言語の公での使用禁止などの抑圧がありました。「1984年」の作者であるイギリスの作家ジョージ・オーウェル(George Orwell:1903-1950)がスペイン内戦体験のルポルタージュ「カタロニア讃歌」(Homage to Catalonia:1938)は、当時のスペイン、カタルーニャを知るための良い本だと思います。
パブロ・カザルスの「鳥の歌」のスピーチは、単純に鳥の歌声の擬音を「Peace」と表現したものではなく、故郷カタルーニャへの抑圧を表現したものです。地では歌えぬ言葉も空の上では自由に声にすることが出来る、その言葉が「Peace」であるというものです。そして「バッハ、ベートーベンそして全ての偉人たちが賞賛し、愛したメロディー」は民族を超えた音楽の自由であり、それはまたカタルーニャや抑圧されている多くの民族に共通する魂の言葉なのです。
パブロ・カザルスはチェロ演奏でこの理想を語りました。時には言葉は無力となりますが、故郷・祖国を離れてチェロ演奏で人々に自分の願いを伝えることに人生を捧げた、あるいはチェロは彼を裏切らない友であり、彼の言葉でもあったのだと思います。
パブロ・カザルス「鳥たちのうた」(1971年国連スピーチ&イントロ・ミックス)
願事 なにより平和 酉の市 七梟