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7khaの日常

愛するみなさんへ 777


旅をしているとカルチャーショックに見舞われることが多々あるが
特にインドではたくさんの価値観がなだれ込んできて
処理をするのに時間がかかった

日本も虐待はたくさんあるけれど、インドは障がい児への虐待が絶えない
その理由の1つとしてカルマが上げられる

以前、ワタシがインドで障がい児のボランティアをしていた施設は
オランダ人とインド人女性が運営していた
全く違う文化で個人個人の宗教を持っている2人は価値観も全く違い
常にいろんな問題が浮上する
それでも彼らは一緒に住んで1つの想い(子供達の成長)を持って生活しているので
荒波を乗り越え人種を越えて生活している

その彼らの自宅へ呼ばれご飯を食べていたときのこと

こんな話題が出た

『何故彼らは障がい児として生まれて来たのか』

インド人は当然のように
『彼らは前世でとても悪い人間だったから今回こうなったのよ、これはカルマです』
言い切る・・さらに
『生まれつき身体が不自由で知的障害がある○○君なんて相当なカルマだね』

当然ワタシは彼女のこの言葉に悩んだ

そして彼女はカーストの位が高いため
このような障がい児へのボランティアなどをすることで
さらに来世は次の段階で生まれ変わりもなくなる

こう話す

それでもワタシは彼女と働き、真剣に悩み
子供達の成長を喜び、時には彼らの境遇を言葉にならない
気持ちで受け止める
彼女の優しさは子供達を包んでいてみんな彼女の事が大好きだった

もう1人のヘッドマスターであるオランダ人の女性は
ヒンドゥー教に敬意を払うが、それらとは真逆な意見を持っている

ちなみにボランティアで一緒だったイギリス人男性は
『なんで木の実があそこになってるのか、と同じ質問だよ、
そんなのに理由なんてないに決まってるじゃないか』
彼はクリスチャンでもなく無宗教

日本人の私達はどう思うのか
以前は遺伝子がどうとか、血筋だ、先祖の中に障がい児がいた・・
など聞いたことはある、今はどうなんだろう

ちなみにワタシの意見

いつだったか
ある知り合いのおばあさんが
孫が知的障害児ということで毎日毎日悩んでいた
『うちの家系の中ではそんな子はいなかった・・』
『毎日大変だ・・』など言いながらいつも悲しんでいた
ある日ワタシは本気で思ったことがあった
『彼女が生まれる時、きっと彼女はこの人生を自分で受け入れ決めて来たんじゃ
ないでしょうか?』
おばあさんは ハッとした様子でワタシの顔を見返した

小学生の時に知的障害の友達と経験した出来事が、ワタシの中で
大きかったため、ワタシはこのような意見を若い頃持っていたんだと思う

彼らは全て分かっている
分からないような態度を示すが実は全てわかっている
インド人の一緒に働いていた女性教師も同じようなことを言っていた

今のワタシ

意見は少し違って
生まれる前、前世、来世・・あるかもしれない
でもそれはそこまでワタシの中では重要ではない

今、この瞬間の方が大切で

インド人のヘッドマスターがいくら理解できない言葉を発しようと
その彼女と一緒に働いて、彼女の優しさを知り、経験していることの方が重要であって
ワタシはその彼女も本当の彼女の姿だと思っている

だから応用すると
家族や本当の友達と、いろんなできごとがあって喧嘩しても
一緒に経験し乗り越えていくことで
価値観や理解できないことがあっても
許し合えていけるんだと思う

それは一緒に経験しているから。

だからワタシは理屈でなく経験が大切だと思っている

日本人は資格資格、資格が大切・・みたいな感じだけど
イヤイヤイヤ 一時的には大切だよ、でも
経験の方がもっと大切で
資格なんかに頼ってるから洗脳されやすい

急に話が飛んだけど

人は外見ではなく
発する言葉だけでなく
一緒に経験してその人を感じることで
わかることがあるんじゃないでしょうか??

完璧な人間?
完璧とは?・・・これこそ人の基準値

健常者と障がい者?
誰がそのボーダーラインを決めるの?

時々障がい児と言われている子供達のカラダをマッサージ
することもあるが、彼らのカラダは本当にストレスの無い
やわらかい筋肉をしていたりする
常に明るい子供達 
素直に自分を表現して包み隠さない

一方で
カラダがカチコチに固まり
携帯電話ばかり触っている脳は
生身の人間に笑顔で挨拶もできない程
硬直している

どちらが健常で、どちらが障がいなのか???

凝り固まる思考から抜け出し
カラダを一緒に動かす事で経験し相手を知りたい

母の花壇にも春がやってまいりました



「幸せを感じるとき」

5日間講座のはじめに『この頃幸せを感じたこと』を
みなさんに聞いてますが、みんなそれぞれの幸せを話してくれて幸せ倍増。


私のこの頃幸せを感じた瞬間

15歳の全盲の男子と音楽鑑賞をしていた時

歌詞が恋愛ものだったのでワタシは彼に
好きな女の子はいるの?と聞いた
彼は『いるー ○○ちゃん』 と嬉しそうな表情
そして彼は
『花壇に植えたい程かわいいんだー』と話した

全盲の彼、花壇の想像も彼の頭にしかない素敵なものだと思う

ワタシは彼のロマンティックで素敵な感性に
とても幸せを感じた

この絵は15歳の女の子がワタシへくれたもの
題 『今日見たもの』

この絵を『ななちゃん、持って帰ってよ』と
ワタシのカバンに丁寧に入れてくれました 
ワタシは彼女とAKBを踊り付きでよく一緒に歌ってます。。

パパイヤ鈴木さんの振付–   

ここで出てくるとは!!


『追求し続ける先』

今日の1日は産後4ヶ月のダンスのカワイイ後輩の
プライベートセッションから始まりました
プライベートセッションをこの頃行う機会が多いんだけれど

http://www.777bodyworks.com/ワークショップ-クラス料金/

面白いねー

いちいち細かい発見があって短時間の中に多くの学びが生まれて
ワタシのテンションは静かにmaxになっていました
5日間講座では少人数のその講座に集まった仲間のエネルギーから、
毎回ワタシの価値観(参加している皆さんも)は壊され、
新しい発想や動きが生まれる

これはまさに経験を積んでいる最中ですね

http://www.777bodyworks.com/5daysカラダ探求講座2014/

そして先日お友達であるワカちゃんの講座に参加した

彼女は臨床心理士

普段あまり話す方ではないワタシが
たくさん話しをする人の1人であるんだけれど
講座となるとまたプロフェッショナルで
その内容といったら本当におもしろい
経験と実力、知識を兼ね備えている

そして人間味があって

とても人間らしい

彼女を知ったきっかけは知る人ぞ知る

『林薫』空手家

であるわけで

<彼女が主催している素敵な場所、薫さんに会えますよ>

http://www.toshinkai.jp/grape_tree/


彼女の人間性の一部である’動物的な女子’は旅してきた私の中で
5本の指に入る程の素晴しいものでとても魅力的で優しく、
彼女もまた人間っぽい


「人間っぽい」と書く理由として
世の中には人間離れした肉体だけを持って
魂がどこかにいってしまったのではないかと思うような人が多いからで、

そんな人達はどんなかっていうと


・お金が全てと思ってロボット化している人
・思考がストップしてロボット化している人
・優しい心を忘れてしまって損をしないようにと
計算ばかりしている計算ロボット化している人
・過去と未来、死後にしかフォーカスを置かない現代にいない人

さらに人間っぽい人々といるために
今回の愛知滞在でも児童障がい者施設の扉をくぐった

そこにいたのは今にフォーカスしている天使達

完全に今を楽しんでいる
彼らは踊ることが好きで
その姿、その目といったら本当に生き生きしてて
『楽しんでるとはこういうこと』だ
と教えてくれる

人間っぽくいたいワタシは彼らと過ごす時間の中で
多くのことを教えられ、その綺麗な魂に触れていたいと思う


今回の題『追求し続ける先』


そうですワタシは

『人間であり続けたい』のです



写真は去年のベストプレイス
『沖縄の大神島』




http://www.777bodyworks.com

https://www.facebook.com/777bodyworks
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0800P_Y4A200C1CR0000/

こうやってワタシはFCで原発問題をシェアして

何か意味があるのかと、
いろんな人と話をしてて思う今日この頃。

でもその時、友達から「某タレントの脱原発への反対意見のブログにコメントしたら
速攻削除されたよっ」ていうメールが入り、
こうやって考えてくれてる友達がワタシのまわりにもいてくれてる、
っていうことに本当に安心する。


このニュースを見た時、何もできない自分に腹立たしく悲しい気持ちになる。


みんなはどう思うのかな 


A2判定を受けていたワタシの知り合いの子はどうなったのか、福島の 
みんなは元気なのか、それもまたワタシの個人的な感情で思うだけで、
広い範囲で考えられないワタシがいたりする。

でも今日も、この雪の中を
都知事選の街頭演説の撮影のために出かける
パートナーと話してて、思う。

今、自分のやれることを認めながらそれを最大限にやっていこう。

悲しんでるだけじゃダメで行動に移さないと、
じゃ自分に何ができるのか、、すごく考え中。。

待ち待ち
今は待って そのときを・・・待つ


No nukes 



5日間講座が始まり、毎回いろんな発見ができて

毎回毎回楽しみで仕方ないワタシです


今日も名古屋市中区栄の講座でしたが
かわいこちゃん達のトレーニングに集中しすぎて
もう2時間欲しかったと思うワタシでした

3時間はあっという間
 
みんないろいろ日常生活で故障してたなー
膝・股関節・腰・・

そして今日もからだ感覚を研ぎ澄ませ動かし続けました



最高にきもちよいね



ワタシも含め、みんないろんな癖がある


立ち方・カラダの左右の乗り方・膝の使い方・足の裏の筋肉の使い方・

股関節の動き・骨盤の向き・内臓の位置・肋骨の位置・背骨の動き

肩甲骨の動作方法・肩関節の動き・首の使い方・歯の食いしばり方・

目の動き・手足の指の動き方・呼吸の仕方


細かく動くことでいろーんな自分の動きの癖が見えて


「こんなところのこんな場所が動きにくい」

「動く時必ずこの方向になる」・・・

そして自分の楽な呼吸から自分のポジションを知る


みんなそれぞれで自分の発見をする


全員違う癖


たまに

動きにくいのか動きやすいのかが分かりずらい場合がある

その理由は大きく2通り


・いろんな理由でカラダが鈍感になっている

・頭で考え過ぎて何が自分の感覚か分かりずらい


私は人の講座を受けると後者になりやすい

知識がやけにたくさんあるから、これはこうだろうっていう

頭が先に働きがちになって人より理解するのに時間がかかる

これは感覚より知識が先攻している証拠・・危ない


1番に感覚が大切


どんなに知識を兼ね備えてるからと言っても

経験値では比較にならない程で

ただの知識だけでは役に立たない



ちょっとここで心と思考の話


人の話を聞く時、

例えば「ここは安全です」と話されたとする


「純粋すぎて真に受ける」と「知識がなく真に受ける」

とでは、似ているようで全く別の問題となる


以前、沖縄でスペシャルチルドレンが通う施設にいた時

とてもとても純粋で心が本当の意味でオープンな子がいた

彼女の「真に受ける」は1つめの真に受けるになる

そこには何の疑いもない、疑うことを知らない

だからこれ以外のことでも疑わない

彼女はダウン症だった

日常生活は不自由があると思う

世の中は彼女らに合わせたシステムではないので生きにくい

だから世の中に出た時に無防備になるので誰かが守って行かなくちゃいけない


この世の中はそれを簡単に利用したくなるナマケモノがたくさんいるから、

私はそういう子達を全力で守りたい、守るべきだと思っている


これは私の道徳


もう一方で世の中の一定の基準の中で生きている、

健常者と呼ばれ自分で働いてお金を得れて、子供を育てることもでき、
自由なことをする時間ある人が、「真に受けた」のであれば

それはただ真に受けるだけでなく知識がないから従うしかない状態にあるかもしれない

一旦自分にきかないといけない、自分の意見をきかないと・・

他の事には疑いをかけるのにそこには無防備になる

それが純粋だと勘違いしがちだが、

違う違う

ただの知識の欠乏、思考の停止かもしれない



これは「衝撃を受けた」「発見した」ときのこととは話が違います


だから自分のカラダを感覚し、自分というものを意識化して

自分に聞く事を訓練することが大切だと思っている

人の意見を真に受け、正しいんだと思ってても

その人が間違っているかもしれないんだから


何層にもなってバリアを張ってるから

間違えることもたくさんあるし本当ではないこともたくさん

「この自分へ聞く」という動作は難しい
実はシンプルなんだけど・・ね


諦めずに楽しんでそれを受け入れて

バリアをはずして楽しくそして自分なりの道徳的に生きる術を見つける


これは今からの時代に大切だと思っている、

この世の中を人間らしくサバイブしていくのであればね


今回の講座に来て頂いているみなさんと

これをシェアし、生きて行く術を共に探求して行きたいと思います


人と話すのもいろんな意見が聞けて楽しいですが

カラダと対話するのはワタシの中でもっと楽しいかも



先日は西表のご縁で、東京からスペシャルな子が

伊勢神宮の参拝がてらプライベートセッションを受講しに来てくれて

そんな彼女を朝の9時から夕方まで連れ回し、動き続けて彼女は帰りました


楽しかったー 完全に縁ですね!


彼女ともランチしましたけど味噌煮込みはカラダが温まっていいです


いろんな人とシェアしたいので是非講座にいらしてくださいね♡

朝の講座だからその後、ランチでもしましょーよー


写真はカンボジア滞在でのひとコマ
アジア圏でもヨーロッパ圏でもこういう風景が好き

このカンボジアも
誰のせいかもわからなくなるくらいに
入り交じった理由で川の色はにごってるけど・・

沖縄の辺野古、
あんな綺麗な海が

誰のせいにされるのでもなく、されないように
入り交じって責任を逃れながら
汚染されていくのかな

必要ある?それ?

そんなことを考えながら日本の久々の冬を楽しんでおります