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7khaの日常

愛するみなさんへ 777


以前、中米グアテマラ滞在で思ったことを

ブログでも書いたつもりだが

その時に思ったことへの答えが、今、見つかった気がしている


2010年、中米グアテマラでの滞在中に自分の価値観というものを
突きつけられた場面があった


グアテマラの湖が綺麗な町へ行ったときのこと


その小さな町の船付き場で、他の船からおりてくる人々の中に

日本人と思われる女性と2人のボロボロの服を着た小さな男の子がいた

その女性は手ぶらだが、小さな男の子2人はとっても大きな荷物を

荷物で前が見えない程の大きな荷物をいくつか持っていた

彼女の買い物の荷物持ちをしているのだ

彼女はいくらか彼らにお金を渡し、
自分の荷物を一切自分で持たずに彼らに持たせている


当時私はこのことがショックだった 


そして、グアテマラ人の19歳の男の子と話している時、

グアテマラの社会情勢のことが話題に出たので、
私はその小さな船着き場で見た光景を話した

そして彼は言った
「じゃあさ、君は彼らに毎日お金を渡せるか?
その働きがその日の彼らの収入なんだよ

それで彼らは今日の御飯が食べられるんだよ」


『同情するなら金をくれ』


本当にこれが現実



きれいごとしか知らなかった私の心


優しさとは・・ボランティア精神とは・・一体なんなのか



そして再び、



2013年、この年末のカンボジア滞在で、
新たに価値観を壊され

自分が置かれている立場と自分のできること、
いや 自分というものを

はっきり感じさせられることになった


カンボジアはご存知のように、発展途上国
そして社会主義

厳しい歴史を乗り越え

今、経済の発展をしようとしている国


どうしても今、見ておかないといけない

と思った国だった


自分の人生の中で注目していること、してしまうこと


「子供達の現状と未来」


カンボジアでも孤児院を訪れた


今回は外人が作り上げた出来上がりの孤児院ではなく

地元のカンボジア人が行っている孤児院にあえて行った


ここで感じたこと、現実、

まつわる人々、支援する外人、子供達の現状

そして『孤児院を利用して稼ぐ人々』
孤児院と名乗るけど親は生存している場合もあるし、
いろんな状況下で子供達はそこへ来ている

この言い方はいろんな意味に取れると思うが

それを利用して稼ぐ人がいなければ、子供達は保護されず

御飯も食べれず寝る場所さえない

ましてや学校にもいけない

だから子供達にとっては別に利用されるされないなんて

どうでもよいことで生きるのに必死


これが現実


彼らの貧困の中で生活する強さを肌で感じた


これ以上は今回の滞在で会えた人と対面で話したい

書くのにもエネルギーがいるし、

webの中のバーチャルな世界なんかだけでは話しきれない

常に話す人の顔が見たいし、意見が聞きたい


この文章の題

『センスの良い選択』

これを慎重に選択し生きて行こうと思う


今までの人生で出会った人の中で

このセンスの良い選択をして生きている人々を

思い返してみると


’なるほど’


人生とはこんなからくりになっていて

頭だけでなく心を研ぎすませ

動物的な感を養い

毎日、瞬間に起こるできごとを自分の視点だけではなく

もっと大きな視点で

脳みそをブロックしないで思考を止めずに

フル回転させて

そこに自分なりの哲学、道徳を持ち続ける


これは自分の中の考えを捨てることもたくさんあって

現実を見るから悲しいこともたくさんある


時間というものは幻のようなものだけど

この時間をどう使うかが

まさに『センスの良い選択』ができるかどうか

そのセンスを磨くのは自分次第


その思考を自分で空にする
リセットするのも

自分の仕事

パソコンと一緒で定期的にゴミ箱を空にしないと

問題が起こる



冒頭に書いたグアテマラの出来事の自分の意見



私は


人に荷物持ちはさせない


その時にお金をあげれなくても


違った形を選択する



私の得意とする『カラダを動かすこと』

今回の経験はこの運動の方法論や思考などにも

多大な影響を与えた


今回の滞在で

多くの人々と運動する機会に

多くの人々へ伝える機会に恵まれますように


私の会話は動きです


心を込めて  Nanakha



どーもー
お久しぶりでーす



7khaの日常


早々日本に戻りましたっ


7khaの日常

カンボジアからこのトラックで戻りました







便利な飛行機に乗って

楽チンして帰って来ましたよー


カンボジア滞在は濃厚だったので
また後々書いて行きますが


この滝はすごかった!


7khaの日常



子供達51人と先生達と、この車&上記の写真のトラックの
2台で滝へ行ったんだけど


7khaの日常


帰りは
見事にパンクしましたねー



7khaの日常



みんなクタクタになって帰りました




ということで

しばらく私は地元

愛知
↑愛を知る街
 

に滞在しますので

みなさん

遊んでやってください




しかし

久々の日本の冬は

しばれますねー

freezing!!!



でも


ヨガベーシックトレーニングコースも開催予定ですので


この冬、一緒にカラダを動かして

共に乗りきりましょーねー❤


では皆様にお会いできることを

楽しみにしていまーす
どーもーご無沙汰しております

カンボジアです


バンコクで会いたい人にあって

短時間で濃いぃ話をして

彼らから、また新しい考え方を教えてもらい

十分に気をつけることを念押しさ

カンボジアへ出発


彼らはバイクでカンボジアを旅していたので

といっても私の旅とは反対に

5スターホテルでしか泊らないので

全く旅の仕方が違うけれど

よーく人々を観察していて動物的な感を

研ぎすませる旅をしていたので

話が本当に面白い


近年はこの家族のモトから旅が始まってる感じになってます


奥様は私のダンスの大先輩で本当に尊敬している人

常に私の心を見抜いては厳しくはっきり言ってくれる

中には本当に優しさがあって、人間的で強さがある


またその家族のモトへ戻ることを約束した



さて


沖縄が本当に心地が良いので

思わず長居していましたが

とうとう旅立ちました


7khaの日常


値段交渉の毎日


バンコクからずっと続いてる

もうすぐ4年ともなるこの旅で

いろんな国でいろんな交渉術を身につけ

なんとか頑張って嘘をつこうとする人々を

説得してやりくりしてきた


7khaの日常



ずっと来たかったカンボジア


私の中では未知の国だったので

興味があり、とうとう来てしまった


バンコクから陸路で渡ったのだけれど

ボーダーは賄賂の嵐


まぁ仲介業者がそれをやってるんだけど


こんなことがあった


今回私は1人で陸路で国境を渡るのは

始めてだったから旅行者に頼んだのだけど


バンコクから怪しい雰囲気


しかも旅行者の窓口のおじさんは英語が話せないから

違う人と電話での交渉


何度も確認

「私は絶対これ以上のお金をボーダーでは払わないからね」


彼は「分かった」と言った


ボーダーでの出来事


多くの日本人が旅に来ていた


そしてもちろん正規のビザ代金より

ふっかけられ、大もめ・・日本人だけじゃなくヨーロピアンも

興奮して怒っている


そこで旅行会社(もちろん電話と違う人)の

人間が私にもふっかけてくる


そして私は彼を違う場所へ連れて行き目を見開いて真剣に説得


そして彼はこう言った

「分かった、あなたはこの値段でOK、でも他の日本人には言わないでくれ」


すごくすごく難しいよね こういうの

でもこれは私の交渉


他の子も自分でこの自体を乗り切らないといけない


だから私は了解した



自分の人間性というのを自覚


冷たい・・・笑



そしてカンボジア


バスの中では英語が達者なカンボジア人かタイ人が

親切を装い、仲介しているホテルの宿泊を勧めている

そしてバスもそこの宿泊施設に到着


多くのヨーロピアンはそこに宿泊


よくできてるでしょっ笑

こういうのは良いも悪いもない 自分次第


夜、辺りは真っ暗な中、到着

早速トゥクトゥク(リキシャのバイクバージョン)で

ホテルへいく私


なんとうっかり私はその中で

iphoneを落としてしまった


とても頼りにしていたiphone3G

古いが親友からもらった3Gのカバーケースなど・・愛着があったのに


でもそのリクシャの運転手の子と別件で次の日に待ち合わせしてたので

運が良ければその子が正直に返してくれるだろうと思っていた


そしてホテルでのチェックアウト

また問題


昨晩、朝食込みで払った宿泊費にさらに朝食代が付け足されていた

「いやいやいや、払ったよ、バーツで朝食代込み」


ホテル

「払ってないよ」


そのやりとり


久々にイラッとする


そしてめんどくさくなり払ったけど


あとで笑った



国境で、ふっかけられ怒ってる人達を冷静に見ていた私


でも今、私が怒っている


これもしっかりしてなかった私の責任



そんなこんなもあり


カンボジアライフが始まった


7khaの日常


この国はポルポト政権・内戦と近年

ひどい状況下で生活を強いられてきた


ポルポト政権時代、多くの大人が殺害されているので

人口の半数が子供と言われている


教授・教師・芸術家・医師・警察・知識人・・・
さらには眼鏡をかけてる人も知識人と

思われ殺害されていた

だから孤児も多い


このポルポト政権が終わったのは1979年

だからその当時に家族を殺された子供達が

今大人になり国を支えている


でも

大きな問題


そういう大人達が殺されたってことは

教育がしっかりされてなかったってこと


これは本当に怖いこと

地雷も怖い


この国に来て

それを肌で感じる


その世代は、私と同じ世代


だから


福島の原発といい、私達はすごい世代に

生まれてしまったんだなって思う


でも


ここでも不思議なことがある


絶対にこれらの事実を受け入れない人々がいる




広島や長崎の原爆被害にあった人達が

当時のことはトラウマ化していることは分かる


福島の人々も、もうすぐ3・11が起きて3年になるが

トラウマになってる人々も多いと思う

そしてそこで全てを受け入れて生活していく大変さなど


言葉にならない



でも


他の地域の人、そして知識だけでこれらを知っている人

さらには学者などがそれらの真実を否定していることがある


これは悲劇が繰り返される

大きな原因なのでは無いかと思う





私のiphoneだけど・・


もちろん戻って来ませんよ笑


多分そのリクシャの男の子が95%持ってる


彼に聞いたら


「知らないよ、昨日の夜、あなたをリクシャに

乗せたのが最後でその他に誰も乗せてないけど無かったよ何も、

信じてよ 僕はブディストだよ」


iphoneを落としたのは100%リクシャなのは確信


私は

「分かったよ」

といってまた彼のリクシャに乗る


95%だからね

わかんない


落とした私に100%責任がある



彼にカンボジアの学校を教えてもらい

そこから孤児院にも案内され

多くの子供達と出会った


彼はjhokといって30歳

お父さんは亡くなっていて、彼は学校に行ったことがない

英語はこのツーリズムで覚え、妹は学校に通っている

稼ぎを頑張って家族に入れている・・
という話をローカルエリアのマーケットで
ジュースを飲みながら話していた



物価は安いと思っていたカンボジア


ところが近年はドルが多く流通していて

カンボジアのお金のリエルは本当にローカルな場所でしか使われていない


1ドルでおつりはリエル

そのリエルは今


約4000リエルで100円

ドルとリエルを混ぜてお金を払ったり、おつりをもらったりするので

頭をフル回転して生活をしないといけない


その計算をiphoneに頼ってたから

ちょうど頭で計算する練習にもなってカラダに良い



そんなこんなで

久々に、旅っぽいブログを書いてみました


7khaの日常


大きな愛をカンボジアから

そして、大きな愛を日本から私へ送ってください

カンボジア・・・インドより波乱ですわ


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沖縄・久米島の「球美の里」でのボランティアを終え、今は沖縄本島に来ている
久米島での滞在と人々との出会いは、私の人生の中で、とても重要な時間だったと思う
「球美の里」では福島から保養に来ていた母子47名と、そこでサポートする人々と共に2週間過ごした 

3・11が起こった時、私は当時インドにいた
インドの小さな街、テレビも少ない地域だったが
ちょうどインド人家族の民家の1室を借りていたため、その家族と自分のパートナーと共に映像を見ていた
東北地方の津波で流される街と人々、福島の原発事故の映像が何度も映し出された
ブラウン管を通して見る映像は胸が張り裂けそうになり、悲しみと恐怖がこみ上げた
そこで何もできない私、日本人に気遣うインド人家族、
外に出れば、「家族は大丈夫だったか?」とインド人に声をかけられる 
そして言葉にならない言葉で励まされる 

「これは自然が起こしたことだから」・・と話したあと、
「でも原発は人災だ」と口々に話していた

あれから3年弱、やっと今回福島へのボランティアに参加できた
この縁を与えてくれたタイミングと私のパートナーに、笑顔で送り出してくれた家族と仕事仲間に心から感謝したい
そして「球美の里」を主催されている広河氏とそこで働く人々、久米島の皆さんにも心から感謝している 

そしてリスペクトしている

ここで福島の問題を語るつもりはないが
「希望」を 日本に持ちたい

今回の福島保養で感じた、

子供達を思う母親の心、そしてそれに甘える子供達の無邪気さ
土を触り、葉っぱを手にして喜んでいる子供達の笑顔
土や貝を口に持って行き、喜んでいるベビーとそれを安心しながら優しく見守る母親達
沖縄の海に感動し、本当に楽しそうに遊んでいる母子の姿


福島の現実は厳しいもので
考え出すと眠れないほどだけど


力強い母親達と元気いっぱいの子供達を見て
私は
諦めずに希望を持ち続けたい



自分にできることは
本当に本当に小さいことしかできない
けれど
みんなが小さいことをやっていけば
やがて大きな波になる


今回の保養に来ていた福島の母親達は
私とほぼ同世代だった


この現実は
私達の世代で本当に起こっていること
日本で起こっていること
遠い世界の話ではない
自分の家族、地域に起こったできごとではないから・・ではない


私達の行動であなたの子供達の未来が変わる


本気で子供達を愛しているのなら
是非
自分なりの行動を
まずは現実、真実、起こっている事を知る
興味を持つ事をしよう


国は安全だと言っているのに
なぜ保養場所がたくさんあるのか・・
よく考えると疑問はたくさん湧いてくる
その思考をストップさせずに
常に感じていこう

明日からまたパスポートがいる場所へ移動するバックパックが25キロオーバーにならないように本を買い込んだ多くの知識を身につけ多くの愛を見て、優しさにふれ過酷さの中に本質を視る力を見につけて前に進みたいと思う

自由に動くことができる人生を自分自身で選んだ
でも
それなりに責任を持っている


そしてその自由の中で見た
本当のことを私の友達に伝えたい


伝えて行きたい

最後まで読んでくれてありがとう
またみんなに会える日を楽しみに
行ってきます

沖縄より愛を込めて Nanakha


※このお写真はママさんが送って下さったものです
大好きな1枚でしたので許可を頂き掲載しています
ありがとうー

7khaの日常