合併記念式典で思う | 7代目日記 ~更なるチャレンジ編~

7代目日記 ~更なるチャレンジ編~

7代目は、ガス屋を経営しながら、商工会青年部、若連、青年会議所、消防団 地域の活動をしています。菖蒲は市町村合併やモラージュ菖蒲の出現。政治経済が大きく変わろうとしています。まちのことや地域のこと家業のこと7代目が考えなどを書き込んでいきます。

11月 7日 久喜市総合文化会館


新久喜市が誕生して、久喜市総合文化会館で


合併の記念式典が開催されました。



7代目日記 ~更なるチャレンジ編~-新市のマーク


田中市長、中山前菖蒲町長、斉藤前栗橋町長


本多前鷲宮町長の英断でできた合併でありました。



住宅メーカーを辞め、家に帰ってきて


父親の選挙や青年部、JCの活動のなかで


市町村合併は大きな課題の一つでした。



JCに入って最初に与えられた役割が、


久喜市、菖蒲町、鷲宮町、栗橋町、白岡町の特色を調べることでした。


役所に飛び込んで担当者に聞きに行って委員会で


発表したを憶えています。


その頃は、役所に行ってもJCなんて知られていなく


冷たい対応されたところもありました。


10年以上前は、広域LOMといいながら


広域の活動がなされていなかったから仕方ありません。



菖蒲町が久喜・鷲宮と蓮田・白岡のどちらと合併するか


町が2分しました。


父親の選挙と住民投票があるときに


ちょうど JCのまちづくり担当委員長だったため


菖蒲のアミーゴで”市町村合併フォーラム”を開催しました。



JCの理事会は大もめで、”JCは合併に関わるべきでない”と


久喜の重鎮であった先輩から意見が重くのしかかったのを憶えてます。


当時、西理事長からの後押しもあり 無理無理 理事会を通してました。


JCの理事会で、もめない議事に不完全燃焼を憶えるようになったのは


このときの後遺症でしょう。


菖蒲町商工会青年部と共催、菖蒲町議会の協力で、


それぞれの会派が2分して話すパネルディスカッションを


開催することができました。


思った以上の来場者、役場の職員が多く来ているのににびっくり。


議員さんの難解な説明に来場者の ”・・・・?” は、


今まで議員さんは、市民に説明するプレゼン能力を


求められていなかったことに気づきました。



父親の後援会も意見が割れる中で


苦渋の決断で合併中立を取らなければならない姿を見て


代議士の”代わり”という文字が失望に感じた時でした。



私の意志とは反対に、蓮田、白岡との合併を模索することに


”彩野市”の誕生をめざし、にわかに彩野JCつくる運動が


行われた頃、破談!! 併せて 久喜・幸手・鷲宮も破談!!



今までの合併はどこへやら、そんな時に


久喜JCの総務・広報委員会で


理事長対談を企画、次の合併を見据えて


久喜市長 菖蒲町長 栗橋町長 鷲宮町長と対談。


広報誌で配布しました。


お金がないから全戸配布できず、学級新聞のように


大きなポスターをつくりあちらこちらに貼ったのを憶えています。


そのなごりが、和みの2階に貼ってあるポスターです。


合併式典で、中山元町長、斉藤元町長、本多元町長が


登壇している姿をみていたら、それぞれの町長との対談を


思い出していました。



この対談をきっかけに、栗橋の斉藤町長、鷲宮の本多町長、


と交流することが出来るようになりました。


斉藤町長のお誘いでドラゴンボートに参加したのも


これがきっかけと言えるでしょう。



いよいよ、久喜、菖蒲、鷲宮の合併という話が持ち上がりはじめたころ、


悩みはそれぞれの市民の意向調査でした。


合併のイメージアップにと久喜JCで開催した久喜駅前のキャンドルナイト。


寒い中、開催したのを憶えています。


理事長会議の時に続々と住民投票の結果をメンバーから


私の携帯メールに入ってます。久喜も合併賛成の結果が出たときには、


心の中でガッツポーズをしました。



いよいよ、合併に向けて協議会がはじまる頃


青年部では、島田年度がはじまろうとしていました。


事業計画の中で


市町村合併の調査 というのが入っていて


”理事会で、調査なんかしている場合じゃない青年の意見を


合併に反映されるため協議会に人を出すべきだ。”


なんて言うと


”それなら、あなたがやりなさい” ということで島田部長から指名され


おいおい、歴代の現役部長たくさんいるじゃないと思いながらも


公募枠で応募。まちづくり懇話会に入ることになりました。



ちょうど同じ頃、久喜JCからは、当時 大熊直前理事長が


合併協議会の委員として行きました。



いろいろ意見を交わしながら、すすめられた懇話会。


様々な社会勉強をさせて頂きました。



いよいよ合併の内容が決まり、


菖蒲の議会では、”えっ?”と思える議員の反乱がありましたが


住民アンケートが行われることになりました。



このアンケート結果で、久喜、菖蒲、栗橋、鷲宮の合併が決まるというのに


何もやらなくて良いのか?


そんな自問自答を繰り返す中、


青年部で再度 市町村合併フォーラムを開催します。


あやめ会館で、中山町長、合併協議会の委員の堀部会長と千葉先生


それと青年部の島田部長。


コーディネーターは、7代目。自作自演気味ではありましたが


合併後の菖蒲 そして新久喜市を考えるパネルディスカッションを


開催しました。



久喜JCがキャンドルナイトの準備をしていると


斉藤 元栗橋町長が声を掛けて頂きました。


理事長対談の時に 斉藤元町長は私たちに


”この鋭い眼光を見てみろ” と町長室に貼ってある


高杉晋作の写真をみせました。


今思えば、維新の志士のように国を思う気持ちが、


それぞれの首長にあり


合併が出来たのではないかと思います。 (・・・言い過ぎ?)