回は虫が食べ物に虫が入っていたときの

犠牲と罪悪感の対応について書きました。

今日は、犠牲も罪悪感もない

相互依存のレベルの対応を書いていきます。

 

相互依存とは、いわゆる5次元の世界です。

 

愛と親密感がベースにあり、

 

プラスの見方・考え方をし、

 

マイナスのものは受け入れて修正していく世界です。

 

自立した者同士がお互いに助け合って未来を創っていきます。

 

私が学んでいるエンライトメント心理学では、

 

相互依存に入ることを一つの目的にしています。

 

 

相互依存の対応①

 

本当に気にしない

 

これは犠牲で我慢して気にしてないふりをするのではなく

 

虫が入っていたことを事実として捉えるだけです。

 

汚い、嫌だと思わずに、虫を取って、気にしないで食べる。

 

虫が熱いものに飛び込むのは習性だからという感じです。

 

普通の価格のお店だとそのまま言わないこともありますが、

 

例えば、帝国ホテルのレストランとか高級店だったら、伝えます。

 

ステーキ

お店の人への伝え方

 

「すみません、ちょっとこれ」と見えるようにお皿を指す。

 

イメージ的には手のひらで。

人差し指で指すと責めている感出ませんか?

 

これは周囲の人やお店側に対する気遣いです。

 

「虫が入っていますよ」と声に出せば、席が近いと聞こえてしまうでしょう。

 

え!この店、虫が入ってるの出してるの!と周囲の人を不快にさせない

 

お店側に嫌なイメージを与えないためです。

 

お店の人が交換しますと言ってきたら

 

ありがとうございますと感謝して、それで完了です。

 

交換してもらったことに対して、

 

悪いな(罪悪感)とか気使わせちゃったな(犠牲させた)とか

 

思いません。

 

シンプルですよね。

 

 

相互依存の対応レベルアップ②

 

これはエンライトメント心理学創始者永田兼一氏が

 

思うことらしいのですが、私も夫も聞いて驚愕しました。

 

 

あぁ、虫が昇天してしまってかわいそうにと思う

 

!!!

 

視点が全然違いますよね。

 

虫も人間も一つの命だと優劣の差なく日頃から思ってないと

 

そういう発想には至らないなと感じます。

 

永田先生は虫も殺生しないそうです。

 

はあ、わたし達、まだまだだねぇと夫と言い合ったのでした。

 

 

 

いかかでしたか?

 

相互依存の世界は、相手の気持を思いやれる愛が強いですね。

 

そして、マイナスな感情に引っかからないシンプルさ

 

ブレなさがあります。

 

虫のことを考えられるなんて、なんて豊かなんだろうと思います。

 

この心の豊かさを得るための

 

最強のツールがプラマイ心理ナビカードです。

 

心理ナビカード

 

犠牲や罪悪感という傷ついた感情を手放したり、癒やしたり

 

することができ、プラスの見方ができるようになってきます。

 

そうしたら、人生がもっとスムーズに楽しくなります。

 

セッション案内は近日公開予定です!

 

お楽しみに!

週間、ブログの投稿が空いておりましたが、

 

その間色々と学びを深めておりました。

 

中でも面白かったのがこのお題。

 

ご飯を食べに行ったら、中に虫が入っていた

 

そんなとき、あなたはどうしますか?

 

お店の人に言う?どんな言い方で?

 

それとも言わない?なぜ?

 

困る

 

 

これは先日、夫がランチを食べに行った先であった話です。

 

度々行くお気に入りの担々麺のお店に会社の休憩中にひとりで行きました。

 

いつもの担々麺と麻婆豆腐のセットを注文。

 

運ばれてきた担々麺を混ぜ始めたら、あら虫が。

 

店員さんを呼んで「虫が入っていました」と伝えたら、

 

麻婆豆腐まで新しく作ってくれたそうです。

 

スーパーポジティブ人間の夫は、

 

虫が入っていたくらいでオレの心は1mmも乱れない

 

と思って完食し、お会計へ。

 

店長が出てきて、申し訳ありませんでしたと言われ

 

気にしないでくださいと返して、扉に向かいました。

 

が、扉の前で、

 

このままじゃ嫌だな

 

と感じたそうです。

 

とっさに向き直り店長に近づいて

 

「私、この店好きなんです。応援しています。また来ます!」

 

と反射的に口から出てきたそうです。

 

これが夫の対応です。

 

バイバイ

どう思いましたか?

 

正直、わたしは最後の店長に歩み寄ったことを聞いたとき

やっぱりいい人だな、近づく力あるなと思いました(笑)

 

ですが、実際に彼の心の動きを見てみると、

そんなにきれいなお話ではなかったのです。

 

これは心理学で言うと、犠牲と罪悪感の会話なんですよね。

 

犠牲とは 

相手に悪いと思い、自分のことは我慢して相手を優先する

 

罪悪感とは

自分が悪いと思ってしまう

そう思うと辛くなるので、表面では都合のいい考え方をしたり、

自分は悪くないと正当化したりする

 

もっと色々ありますが、ざっくり言うとこのようなことです。

 

 

私の夫が最後に感じた「このままじゃ嫌だな」は

 

罪悪感から来た感情です。

 

それは、新しいものを作らせてしまった=相手に犠牲させてしまった

 

というところから来ています。

 

食べているときは新しく作ってもらって悪いなとは思ってなかった

 

けれど、最後もう一度謝られたとき(=店長も罪悪感から)

 

相手の罪悪感を通して、彼の罪悪感に火がついたのです。

 

その罪悪感を消すために、店長に近づき応援の言葉を伝えたわけです。

 

深層心理はこのようになっているのです。

 

良かったなと思うのは、最後の言葉でお互いの罪悪感が解消でき

次もまたお店に行きやすくなったこと。

これは素晴らしいことです。

 

例えば、犠牲が強い人は言いたいことも言えない傾向がありますから

 

そもそも、虫を自分で取って、何も言わずに我慢して食べる。

心の中は、文句がたまります。

 

 

罪悪感が強い人は、主張はできるので、責める感じで伝えてしまう。

しばらくすると、言いすぎてしまったかなと後悔したりします。

 

どちらの対応も、その店には今後行かなくなるでしょう。

 

これが対人関係だったら、

 

この人に話しづらいな、近づきにくいなと思うということです。

 

これは嫌ですよね。

 

でも、今の私達のほとんどはこの犠牲と罪悪感のコミュニケーションで成り立っています。

 

では、そもそも犠牲も罪悪感もない対応

というのはどういうものなのか?

 

次に続きます。

日、Facebookグループで

 

コロナ支援・訳あり商品情報グループに入り

 

いくつか、商品を購入しました。

 

今、私に出来ること。

 

今回のコロナでありがたいことに夫婦とも

 

お給料が減るなどの困った状態ではありません。

 

それならば、困っている人への支援をしようと

 

馴染みのイタリアンでテイクアウトしたり

 

出荷先がないなど廃棄になってしまう商品を買ったりしています。

 

こういうときのお金はポーンと気持ちよく払いたいものですね。

 

もちろん生活があるので、予算内にはなりますが、

 

支援の気持ちが乗ったお金はとてもいい使い方だと思います。

 

母の大好物のしゅうまいが売っていたので実家にも送ることにしました。

 

販売先は福島のお店。

 

福島は兄が最後の3年間を過ごした場所。

 

ご縁を感じ注文しました。

 

 

このFacebookグループは

 

始まってまだ数日なのに、もう10万人以上の方が

 

グループに参加していて

 

売り切れの商品もいっぱい出ているくらい

 

多くの人が支援しています。

 

日本人の助け合いの精神ですね。

 

東日本大震災のときも

 

救援物資を前にきちんと列を作って並ぶ被災者の方を見て

 

外国人が暴動にならないなんてすごい!と感動していましたが。

 

 

日本人は昔から助け合うということができると優しい民族です。

 

でも、よっぽどのことがない限り

助けてとは言わないなと感じています。

 

これは小さいときから

 

「人に迷惑をかけてはいけない」

 

と育てられてきたためではないでしょうか。

 

私自身も素直に助けて欲しいとお願いすることは苦手ですね。

 

助けを借りないと、ひとりで頑張る力はつきますが

 

自分の範囲でしか物事を見られなくなったり、

 

相手にもひとりで頑張ることを強要するようになってしまいます。

 

わたしはこんだけやっているんだから、あなたも自分でやってよ

 

みたいな。




 

助けを借りるとは、人の行為を受け入れることです。自分でやることには限界があります。

助けを借りることで、新しい発送やアイデアや予期せぬ喜びがあなたに与えられます。

(プラマイ心理ナビカード解説書より)

 

いま、これからの世界に必要なのは

 

もう自分ひとりで頑張ることではなく、

素直に助けてと言えること

それを受け入れて助ける度量を持つこと

ではないでしょうか。

 

人は弱さを見せることに抵抗があります。

 

弱さを見せたら、大したことないと思われるんじゃないか

 

嫌われるんじゃないかと思うからです。

 

でも、人は相手の弱さを見たときに、自分の中にも弱さを見て

 

共感して、相手を近く感じるのです。

 

だから、弱さを見せても大丈夫。

 

有事のときだけ助け合うのではなく、日常から助け合うこと。

 

弱さを見せられる自分になること。

 

それをコロナが教えてくれる気がします。

日は久しぶりに夫婦で言い争いに。

 

私の食や健康に対するこだわりが強く、

(白米より玄米・分づき米がいいという考え。白米を彼のお義父さんが送ってくれています。)

 

それを押し付ける様な感じで、

 

もうエゴ丸出しの会話をしてしまいました。

 

カバ

 

しばらく私ひとりで1時間ばかり買い物に行って距離を置いたのですが

 

帰ってきてからまた話し合いに。

 

一旦は私の要求を受け入れた彼でしたが

 

ちょっとまた一人になり、私の考えを押し付けて

 

傷つけていいわけないなと反省して違う提案をし、

 

丸く収まったのでした。

 

 

ひとりで考えていた時に浮かんだ言葉

 

1%でも自分に非があるなら、

24時間以内に100%謝ること

 

(私の場合は、1%よりありますが)

 

もう結論出たし終わったとなり、次の話に少し行きかけましたが

 

漂う緊張感、気まずさみたいなものは残ったまま。

 

 

このままじゃいけない!と思い、心から謝りました。

 

猫

 

そしたら、彼も近づいてきてくれて

 

自分も大人げなかったとお互いに謝りました。

 

 

そして、実際にはどんな言い方をしたら

 

良かったのだろうというところまで話し合いました。

 

自分の正当性や価値観を押し付けて、それに対して

 

反発してしまうというコミュニケーションをしてしまった私達。

 

彼が、喜びから伝えればよかったねと言ってくれました。

 

玄米がビタミンとか栄養素たっぷりだから、今度から玄米にしない?(^^)

 

これだけで良かったはずなのですが、

 

私は、白米は栄養素が失われていて・・・

とか色々な否定することを言ってしまいました。

 

わたしも今までの会話のパターンが出てきてしまい

 

まだまだ愛からの会話がすんなりできるのは時間がかかりそうですが。

 

喧嘩した後に、ちゃんと謝り

 

どうしたら良かったのか話し合うこと。

 

これは昔だったらできていませんでした。

(一方的に怒って、出てってよ!と言って本当に出ていかれたことも。)

 

 

考え方も言い方も愛から出ていれば、

 

そもそも言い争いにはなりませんが、それはかなり難しいこと。

 

エゴで自分の主張を通してしまうとき、聞き入れないとき。

 

それでこじれてしまっても

 

なるべく早いうちに、非を認め謝り

 

改善策を話し合うこと。

 

そうすると、パートナーシップはより良いものになります。

 

これが、もう終わったからといって謝らずにいると

 

気まずさは漂ったまま。

 

それを積み重ねて行くと、

 

ここまでは立ち入らないと距離がどんどんできてしまい

 

義務と役割の夫婦になってしまいます。

 

子供がいる場合は、子供に

 

「あなたのせいじゃないよ。ママとパパのお話ができてないだけなの。」

 

と伝えます。

 

子供は親が喧嘩すると、自分が悪いからだと思ってしまうので。

 

100%相手が悪いと思っても

もし仮に1%でも自分に非があるとしたら

その1%を100%相手に伝える

 

これができれば、心のわだかまりが消えて

 

前よりお互いのことを理解できるようになるでしょう。

 

仲直り

いたいのに笑えなかったこと

 

ありませんか?

 

先日、コロナに対して私達が何ができるか

 

プラマイ心理ナビカードを引いたところ、

 

笑い

 

が現実の一歩で出てきました。

 

その記事はこちら

 

あなたはよく笑う方ですか?

 

 


 

正直に言ったら、わたしはまだまだですね。

 

ちょっと前も、もっと笑ったほうがいいよと

 

先輩セラピストに言われました。

 

リラックスしているときは、

 

声を上げて笑えるのですが

 

会社での事務作業中などに突然話しかけられても

 

さっと笑顔で返せない自分がいます。

 

どんなときも、自然に笑顔だったらいいなと

 

常々思います。

 

猫

 

私が笑いたくても笑えなかった時期はたぶん

 

小学校高学年のときに

 

「弥生時代」とからかわれたのがきっかけで

 

人と距離を置くようになってしまってからかな。

 

中学時代も一緒のメンバーだったので、

 

すごーく暗かったですね。

 

でも、今思えば当時は、笑いたいとすら

 

思ってなかったかも知れません。

 

だって、やっとできた友達と一緒に撮ったプリクラ。

 

全然笑ってなくて、怖い顔して写っている。

 

それを家に帰ってから、まじまじと見て気づきました。

 

わたし、全然笑ってないじゃんって。

 

小学校の文集の自分で書く似顔絵も

 

すごく暗い表情なのです。

 

明るくしなきゃ、笑わなきゃと思っていたら

 

残るものだし、良い似顔絵にしたり

 

無理して笑って写真撮ったりしますよね。

 

笑わない男

 

その暗黒時代は、

 

中学卒業とともに終わりました。

 

高校はメンバーが変わるので

 

新しい環境に行くことで変われました。

 

友達も中学よりはできたし、

 

笑顔も普通に出るようになりました。

 

 

でも、環境や人が変わっただけで

 

根本の問題は全然解決してないんですけどね。

 

人との心の距離は全然近くなっていませんでした。

 

 

それを解決することがなく、

 

大学生になり、社会人になりました。

 

社会人1年目のときは

 

同期も仲が良かったし

 

憧れの先輩もできて楽しかったです。

 

でも、所属した課の人たちはすごくあっさりとしていて、

 

隣の席の先輩に毎朝話しかけても

 

反応が薄かったり

 

向こうから話しかけることはほぼ0。

 

女性は3人だったのですが

 

飲み好きの上司は

 

最初の数回は3人で飲みに連れて行ってもらったものの

 

途中から私だけが誘われなくなり、

 

疎外感を感じていました。

 

また人間関係で悩み

 

会社で変な噂をたてられたらいけない

 

あまり自分のことは話さないほうがいい

 

と思い込み

 

社会人2年目になるころには

 

人と距離を取るようになってしまいました。

 

それが始まった最初の時期は

 

笑いたくても笑えなかった

 

ですね。

 

会社で笑えないことが私の悩みでした。

 

でも、あるとき、笑えなくてもいいや

 

自然に思えたのです。

 

心がスーと楽になりました。

 

肩の力が抜けて、会社にいるのが楽になりました。

 

笑わない男

 

〇〇しなきゃいけないと思っていると

 

人はうまくできないものです。

 

この義務感から抜けて

 

今の自分にOKを出すと、心が軽くなり

 

やろうと思えたり、大した悩みじゃなかったな

 

と思えたりします。

 

笑いに関しては、

 

おかしくなくても笑うと

 

脳が勘違いして本当に笑っているときと

 

同じ状況になるんだとか。

 

たしかに心がホッとしたり、楽しくなってきます。

 

外側からのアプローチも大事ですね。

 

特に今はおかしくなくても

 

笑って免疫を高めるときだと思います。

 

でも、そんなこといっても笑えない人がいたら

 

そんな自分も認めてあげてくださいね。