おはようございます。
3月5日(火)の朝を迎えました。
今日は啓蟄ですね。いよいよ春に向かっていきます。
さて、昨日は、第一回「安全地帯・玉置浩二 ファンの集い」のプログラム時系列と大まかな内容をお伝えしましたが、今日は少しばかり、エピソードや感想等をお伝えしたく思います。明日から通常ブログに戻しますので、本日までお付き合い願えましたら幸いです。
「ファンの集い」、すべては、skyblueのブログのコメントのやり取り等から派生しました。
内容としては、skyblueの声で玉置さんの曲を聴きたいですとか、玉置さんの曲だけでなく、徳永英明さんの「壊れかけのRadio」が聴きたいですとかね😅まあ、いろんな声がありましたね😊
それで、つい、「やりましょう!」と引き受けてしまいまして、去年12月に開催決定、ご参加を募ることとなりました。
会場の京都ガーデンパレスは、skyblue家が以前からよく利用している馴染みの場所で、子どもの頃よく遊んだ京都御苑が望める眺望もある、ということで選びました。玉置さんで言うならば「カリント工場」のようなものですね。
しかしながら、実は当初、angelblueは何も知らず、skyblueのブログで「ファンの集い」開催を知りまして、「そんなこと引き受けてできるんか!」などとこっぴどく叱られました。そして、「絶対手伝わへんからな!」とも言われました(笑)
ところが、いざとなると、ほとんどの準備をangelblueがしてくれ、とても助かり、あとはskyblueがプログラム等々を作成したりして準備を整え、angelblueと相談しながら、開催前日までにすべての準備が整いました。
そんな折、ご存じの通り、skyblueの父が負傷、入院・手術・退院、自宅での介護・リハビリを行うこととなりまして、皆さまにはご心配をおかけしました。ご参加の方からは、父へのお土産まで頂戴し、恐縮でした。結果的には、父が予測以上の回復を見せてくれ、安心して開催できる運びとなりました。
父の無事をここでお知らせ致します。ご心配ありがとうございました🙇
というのが、開催にあたっての顛末で、ここでまずお伝えしておこうと思いました。
次に開催当日のことを少し書きますね。
いざ当日を迎えますと、ご参加の皆さまは、とても温かで、skyblueのつたない進行も受け入れてくださり、とても感謝しています。また、ご参加叶わなかった皆さまからもコメント等で激励いただき、ありがとうございました。
結局のところ、「ブログ」という古典的なツールで、すべてのことは進んでいきました。それが、他のSNS全盛の世の中とは少し違っていた、というところでしょうか。「ブログ」というのは「守られている」通信手段です。よく、「毎日更新するの大変ですね」等々と言われることもありますが、書き始めて18年、もはやskyblueの日常ですから、なんということはありません。ごはんを食べるのと同じような感覚で、skyblueになくてはならないものとなっています。
さて、今回の第一回「安全地帯・玉置浩二 ファンの集い」は、このようにして、皆さまとともに作り上げた大きな財産となりました。
昨日は多数の感謝のコメントやメールを頂戴し。誠にありがとうございました。感謝するのは幹事側も同じです。ご参加の皆さまあっての第一回「安全地帯・玉置浩二 ファンの集い」でしたからね✌️
実際の感想としましては、「やってよかったな」という気持ちが残りました。これなら、第二回以降があってもいいな、と思っています。
現に、「今度は参加したいです!」というコメントも頂戴しており、嬉しく思います👍
会場を入ったところに、こんな表示がありました。なんだかコンサート会場で見るような表示ですが、見ると嬉しいものですね。
これをもちまして、
第一回「安全地帯・玉置浩二 ファンの集い」
の報告を終わります。
参考までに、会場でBGMに使用した音楽は、
玉置浩二
アルバム「ワインレッドの心」
安全地帯
アルバム/松井五郎プロデュース「メモリーズ」
安全地帯
ライブアルバム「安全地帯40周年記念コンサート 東京ガーデンシアター」
でした。
皆さま、本当にありがとうございました!感謝します!どうもありがとう!
またお会いしましょう!
「次こそは!」の皆さまもぜひー!
今日は最後にこちらをどうぞ。
「いつもどこかで」♬
今日がいい1日となりますように
では、また明日
日々感謝 skyblue