物語 『イヨマンテの猫』② | シン・135℃な裏庭。

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最近、僕は家に帰るとユウウツだ。

ユウウツって言葉、この前テレビで言ってた。

お母さんに聞くと、『気分がどんよりする感じかな~』なんて答えた。

僕の気持ちにピッタリだと思った。

家の門を開けると庭があって、玄関に向かう途中に一日中じいちゃんが座っている部屋がある。

そこでじいちゃんは僕をじっと見ている。

最近は特にじっと見ている。

前からそうだったんだけど、なんだか最近、その視線が変なんだ。

ちょっと前から体調が悪くなって、あまり出歩かなくなって、それから…じいちゃんはなんか異様なんだ。

まるで巣穴からじっとこっちを見ている蛇みたいだ。


一度、僕の友達を連れて帰ってきた時なんて、窓辺に突っ立っていて、何も言わずにこっちを睨んでいた。

痩せて髪も真っ白で、目付きだけは鋭くて、僕は心の中で舌打ちした。

その姿に気づいた友達なんて、恐怖で足がすくんでいた。

そしてこう言ったんだ。

『死神みたいやな…』って。


ほんと、そのとおりだった。

顔がカッとなるくらい恥ずかしかった。

じいちゃんが死神みたいになってる。

お母さんとかおばあちゃんにも言えずに、僕の心はいつもどんより重たいし、なんだか涙が出てくるんだ。





『あ~猫よ!ママ!猫だよ!』

妹と弟の矯声が庭に響き渡った。

向かいの小山まで行ってこだまするくらい大きな声だった。

1人でサッカーボールを蹴っていた僕は、走って見に行った。

台所にいたお母さんも出てきた。

なんとまだ大人の手くらいの大きさの黒猫が、クーラーの室外機の裏にポツンといて、鳴いていた。

『かわいい!!!』

妹が大喜びで抱き、顔をすりつけていた。




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『えっどうしてこんなところに子猫がいるの?』
お母さんは驚いてあたりをキョロキョロ見渡していた。

母猫を探しているのかな?

それにしても、なんで一匹でうちに来たんだろう?

夕食の支度をしていたおばあちゃんも出てきた。
『あら、かわいいわ。でもどうしてこんなチビちゃんがここにいるのかしら?』

お母さんとおばあちゃんはあたりに母猫がいないのか探し回っていた。

『ねえ、飼おう!ママ、飼っていいでしょ!お願い』

妹と弟は、母のスカートを引っ張りながらおねだりしていた。

『そうねぇ。まずおうちを作ってあげなきゃいけないわね…お母さんが迎えにこなかったら、そうするしかないわね…』

おばあちゃんに牛乳を温めてもらって、小さな段ボールとブランケットを探してもらって、僕たち兄弟は猫の家を作ってあげた。

お腹すいていたのかな?すごくミルクをよく舐めていた。

おばあちゃんは、よくミルクを飲む子だから少し安心だと言った。

裏山は夕暮れで影絵のように濃くなっている。

ここは西側が裏山だから、影絵になったらすぐに暗くなってしまう。


『今すぐ捨ててこい!!
裏山に捨ててこい!!

黒猫は化けてでるんやぞ!捨ててこい!』


影絵の山の前に死神が立っていた。

じいちゃんだった。

僕たち兄弟は、凍りついた。

妹は猫を抱いたまま涙をこぼしながら地面を睨んでいる。

あまりの剣幕におばあちゃんが出てきて、じいちゃんを一生懸命なだめている。

おばあちゃんはじいちゃんの具合が悪くなってからなだめてばかりいる。
『わかったから。わかったから…明日、私が捨ててくるから』

じいちゃんは肩を上下させて興奮している。

おばあちゃんは僕たちのほうを振り向き、部屋へ戻るように目くばせをした。

玄関にお母さんが立っていた。

お母さんは疲れたような憐れむような顔でじいちゃんの背中を見つめていた。


ユウウツだ。

本当に最近ユウウツなんだ。

ほんとはほんとは、みんな気がついているんだ。
じいちゃんが死神みたいになっていることを。

そしてそれを、裸の王様みたいに誰も口にできずにいるんだ。

僕は『王様は裸だ!』と言った子供みたいに、小さく口に出してみる。

『化け物はじいちゃんのほうだ』


僕は涙に気づかれないようにすばやく部屋に戻った。






~つづく~