物語 『イヨマンテの猫』① | シン・135℃な裏庭。

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『そんなん捨ててきなさい!今すぐ!』


うちはね、猫に食べさせる余裕なんて一切ないんやから…


妹をおぶったまま、お母ちゃんはせかせかと言い放った。

家と家の間がぽこぽこと空いた隙間に、黒い小さな小さな猫が捨てられていた。

ぼろぼろの布きれに包まれていたのが、捨てた人のせめてもの…ごめんなさい…のように、黒い小さな塊はプルプルと震えていた。

まだ目の端が少しひっついてる。

母猫になめてもらいながらゆっくりと裂け目が開いていくというのに。

かわいそうにその時間も与えられずに捨てられた。


お母ちゃんは、たぶん黒猫やからよけいに嫌ったんや…


『黒猫なんて拾ってこんときや!不吉やわ…』


忙しく立ち働きながら、そう怒鳴った。






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おまえは二度捨てられたんか…

手のひらで包むように抱き、撫でてやると安心したように小さく鳴く。ぴぃぴぃと。


おまえもさびしいんやな…



戦争が終わって復員してきたのもつかの間、戦争中にうけた傷がたたり、床に伏していたお父ちゃんが、この前あっけなく死んだ。

お父ちゃんは、ボクをお母ちゃんの腹に宿すと、すぐに戦地へ向かった。
お父ちゃんのことが好きやった。


『こうちゃん、しんどうないかえ?』


お父ちゃんは幼かったボクを、そうやってよくおぶってくれた。

お母ちゃんは弟が産まれたばかりで忙しかったし、ちょっと癇の強い所があって、よく叱られたけど、お父ちゃんは怒ったことない。

お父ちゃんには叱られた記憶がない。

といっても、ついこの前死んだから、実はたくさん思い出がない。


『こうちゃん、しんどうないかえ?』


それくらいしか思い出がない。

ボクが三才の時、帰ってきて七才になって死んだから。

お母ちゃんは、お父ちゃんが死ぬ前に妹を産んだ。

お父ちゃんは病床で産まれた妹を抱いていた。

ほんまに嬉しそうな顔をしていた。

『幸子…と名付けよう』
そう言って、咳き込みながら微笑んだ。




そうや、おまえにも名前、つけようか…

う~ん、そうやなあ…『クロ』

黒いからクロ。

単純やな~

でもお父ちゃんゆうてた。名前は単純なほうがええんやって。

なんで?って聞くと、

みんなにおぼえてもらって、かわいがられるんや。って。


豆腐屋のラッパの音が遠くで聞こえる。

ここは西側に高い山のある町やから、すぐに日が落ちる。

すぐに暗く黒くなる。

クロ、おまえみたいに。
そうや、クロの家をつくらなならん。

近くの店の裏側にぼろぼろの木箱が捨てられていた。

新聞紙とぼろ布をていねいにしいてやって、空き地の隙間に隠した。


明日、なんか食べ物持ってくるからな…


僅かしかない夕食を見つからないように少し残して、クロの所に通った。
クロはまだミルクを欲しがった。

妹はお母ちゃんの乳を飲んでる。

ミルクがなかったから米の磨ぎ汁を持っていった。

米を口でぐちゃぐちゃとくだいたものを食べさせたりした。

クロはあんまり元気がなかった。

心配で心配でたまらなかったけど、どうすることもできずに、後ろ髪を引かれる思いで家路につく。

ある朝、雨が打ちつく音で目が覚めた。

ひどい大雨やった。

着のみ着のままクロのもとに走って見に行くと、横なぐりの雨にうたれたまま、クロは死んでいた。

丸っこい体は、ベロっと横に伸びきって、ぐっしょりとぬれていた。

ひとりぼっちの夜死んでいった。

ボクは泣いた。


男は泣くもんやない!兄ちゃんとケンカするたびにお母ちゃんはそう怒鳴った。

お父ちゃんが死んだ時もボクは泣かなかった。

今、涙が出てきてしかたがない。

雨に思いっきり顔を打たせた。

泣いたけど雨のせいにできる。

学校から帰ってきて穴をほって埋めた。

ボクはいつか首輪にしてやるつもりでポケットに隠していた拾った鈴を、クロの上にのせた。

チリン…とか弱いかわいらしい音がなった。

クロのお葬式…。






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クロもお父ちゃんもなんのために生まれてきたんやろう…







~つづく~