17「 整形外科から整形内科へ 


* 同期会 * 

年に一度、毎回同じ都市で行われる学会の機会を利用して、同期5人で同期会を開催する慣習が20年以上前から始まった。ともとは手垢のついた同期会に過ぎなかったけれど、時が経つにつれ、それはある種、 “盆暮れ正月の同窓会” のような意味を持ち始めた。周囲からは「君たちの学年は特別に親密だね」と、まるで稀少な “レッドダイヤモンド” を見るような目で見られることもある。半年前にはホテルの予約を済ませ、当日は完璧なコンディションで臨む。

「清流、久しぶり」

「洋平、元気かい?」

 駅の北口、約束の十分前には全員が揃う。幹事はその都市に住む、龍ちゃんだ。彼はかつて、友人の結婚式の日付を一週間勘違いし、あろうことかその当日にわざわざ病院の当直を入れるという、見事なまでの「ポカ」を演じた男だ。

式場に集まった友人が、「龍ちゃん、今日が結婚式だよ」と電話で告げても、「またまた~、来週だろ? 騙されないよ!」と、彼は世界そのものを疑っていた。集まった数人の友人が代わる代わる説得し、やっと現実世界に引き戻された。結局、代わりの当直医を見つけ出し、高速道路を飛ばして現れた彼に、「またまた龍ちゃん」というささやかな称号を贈った。

 かつては「日付を忘れるなよ」と全員でリマインドのラインを送りつけていたものだが、最近では彼の方から「来月の何日は同期会だ」と連絡が来る。人間というシステムは、時として劇的にアップデートされるらしい。

 五人のうち三人が開業し、二人が組織の中に残った。

「清流、最近は切ってるのかい?」

 継承開業医の健ちゃんが、ビールグラスを片手に尋ねた。清流はすでにメスを置いていたから、その質問は冷たい雨のように清流の心を濡らした。

「いや、もう手術はしていないんだ。健ちゃんは?」

「市民病院と提携して、自分の患者は自分で切るようにしているよ。外科医を名乗る以上、メスを握っていたいからね」

「君らしいな。昔から、手術が大好きだったよね」

「外来なんてさ」と、健ちゃんはわずかに肩をすくめた。

「注射を打って、湿布を出して、腰を牽引して……まるで故障した家電を修理するライン作業みたいじゃないか。でも手術は違う。あそこにはなにか創造性がある」

「外来がつまらない」という彼の言葉で、清流は“記憶”という引き出しのカード目録をめくり始めた。

 

* OB・OG会 *

それは医学部バドミントン部のOB・OG会だった。一回り年上の整形外科医、枝野先輩は毎年、清流らを馴染みのうなぎ屋へ連れて行ってくれた。

「清流、仕事は面白いか?」

「ええ、それなりに。でも外来は退屈です。なんだか、カルテを右から左に流す作業芸みたいで」

 枝野先輩は、ゆっくりと白焼きを口に運んでから言った。

「昔は僕もそう思っていた。でもね、最近ようやく分かったんだ。実は外来の方が、手術よりもずっとスリリングだということがね」

「どういうことです?」

「手術は決められた手順の積み重ねだろ。切開し、展開し、骨に穴をあけて、インプラントを叩きこんで、横ビスで固定して、洗浄して縫合する。そりゃあ、一般人にはそもそも資格が無いが、慣れれば誰だって出来る芸だ。だが外来はどうだ? 患者が訴える『痛み』や『しびれ』の裏側には、無数の物語と結果が隠されている」

枝野先生は、間違いなく自分が到達していない領域にいると、そのとき清流は理解した。

「そうそう、山口県の秋吉台って知ってるか?日本一のカルスト台地ってやつだ。広い草原に白い石灰岩があちこちに露出していて、山焼き後は黒い草原にたくさんの羊がいるみたいで面白い」

「秋吉台、行ったことありますよ。春に行ったんですが、とても広くて気持ちがいいところですよね」

「そこでクイズだ。あの石灰岩、いくつあると思う?」

清流は一度訪れているだけに、そのスケールの大きさを知っている。だから、細かい数字は分からないが、桁ぐらいは当てたいという気持ちが強い。

1億!」

枝野先生はニヤッとした。清流は反射的に“やられた”と感じた。

「1個だ。あの石灰岩はすべて下で繋がっている」

清流は悔しさもあるが、話の展開がつかめずにいた。

「“標準整形外科”って本、清流も読んだことあるだろ。あの教科書に書いてあることなんて、“整形外科学”という大きな石灰岩の表面の一部だ。その下にはもっともっと大きな岩盤があって、全体の大きさは誰にも見えないんだ」

なるほど、そういうことかと清流は納得した。

 二十年前の会話を、清流は今でも鮮明に記憶している。当時は意味の分からなかったあの会話が、今では清流の血肉となっている。そして、いつの間にか、あの時の枝野先輩と同じ場所に立っていると実感できる。

 

* 整形内科 *

 医学部で学ぶのは、徹底的に磨き上げられた西洋医学で、これはエビデンスだけで構築された学問だ。その一方で、エビデンスで証明しにくい東洋医学は、教室の隅に追いやられてきた。しかし近年、東洋医学講座も開設されはじめ、その必要性も再評価されているが、明治初期から西洋医学を学んだ者だけに医師免許が与えられたこともあり、そもそも教育できるスタッフがいない。その後、西洋医学は細分化され、100年前に外科から分離した整形外科学は、脊椎、関節、手、足、外傷、腫瘍、小児、スポーツ、リウマチなど、さらに分断された。しかし、人間という存在は、一つの回路でつながった有機的な迷路だから、あまりに細分化されすぎれば多くの迷子が生まれる。

「自分は内科だから分からない」「まず整形を受診してみて」と門前払いされ、「異常ありません」とレントゲン一枚で突き放され、漂流する人々。清流は彼らと向き合うたびに、自分はどうあるべきかを考え続けてきた。

 清流は、今、自分のことを「整形内科医」だと定義している。もちろん、手術という選択肢を否定するわけじゃない。必要ならば、清流は強く手術も勧めている。

 

* メンター *

「清流、仕事は楽しいか?」

 久しぶりに、父と酒を飲んだ。内科医である父は、静かに清流の話に耳を傾けていた。

「僕は今、自分が整形外科医ではなく、『整形内科医』を実践しているような気がするんだ」

「整形内科か」と、父は地酒の生酒をゆっくりと喉に流し込んだ。

「それは面白い。今の清流の仕事ぶりを見ていると、しっくりくるネーミングだ」

 人生のベテランである父に肯定されることは、いくつになっても、深い霧が晴れるような安堵感を与えてくれる。

 同期との賑やかな再会も悪くないが、こうして親子で静かにグラスを傾け、自分の中にある気持ちを一つずつ確かめる時間も悪くない。それは、清流がようやく手に入れた、ささやかで揺るぎない幸福のひとときだった。