8 「腰のヘルニア」
* ザ・坐骨神経痛 *
「武田さん、痛むのはどのあたりですか?」
武田さんは四十代半ば、工場勤めの少しばかり疲れた顔をした男性だ。時には重量物を抱えることもあるようだ。
「腰が痛くて、お尻と左ももの後ろがジンジンするんです。多分、坐骨神経痛ですよね」
『坐骨神経痛』。新聞・雑誌やサプリのCMが、繰り返し、繰り返し、この単語を人々の脳裏に焼き付けてきた。国民的ヒットソングのようなもので、一度聴いたら忘れられない。
「いつから、その痛みがで始めたのか、詳しく聞かせてもらえますか」
問診の間も、武田さんは何度も何度も座り直した。まるで椅子にじっと座るのが嫌いな幼稚園児のように。
「先週の火曜日、仕事が終わる夕方に、腰にちょっと違和感がありました。翌朝、腰痛で目が覚めて、それからずっとこんな調子です」
立っている方が痛みが和らぐらしく、問診の途中でついに立ち上がった。
武田さんをベッドに仰向けにしたとき、その顔には、隠しようのない苦痛の陰が差していた。
「脚を伸ばしてください。まずは痛くない右から動かしますよ」
右脚はすっと延ばすことが出来るが、左脚は恐る恐る延ばしていく。
清流はまず右脚を持ち上げたが、何事もない。次に左脚を持ち上げると、お尻が宙に浮いた。
「痛い、痛い、先生、痛いです!」
次に武田さんをベッドに座らせ、お皿の下とアキレス腱を小さなハンマーで叩いてみた。俗にいう、脚気のテストだ。右膝を叩くと脛が勢いよくピクリと挙がり、右アキレス腱を叩くと足部が機械仕掛けのように動いた。左膝も問題なかったが、左アキレス腱を叩いても足は動くことはなかった。まるで、左アキレス腱と足部をつなぐ電線が切れているかのようだった。
「武田さん、腰の神経には番号が振られています。これは腰の模型ですが、これが4番、これが5番、そして6番の腰の神経です。4番に異常があれば、さっきの膝の反応が消えます。6番なら、アキレス腱の反応が無くなります。武田さんの痛みはお尻、モモの後ろ、ふくらはぎですから、これは6番の神経エリアで、だから左のアキレス腱の反射が無くなるんです」
「ヘルニアですか?」
武田さんは思わず清流に問いかけた。それは、あまりにもステレオタイプな、紋切り型の質問だった。腰が痛む=ヘルニア、これは必要条件にも、十分条件にもなっていない。元脊椎外科医である清流からすれば、『ヘルニア』の定義は、「幸せな人生」の定義と同じく難解で、学会で安易に口にしようものなら、研究内容より先に「ヘルニアの定義は?」と、逆に尋問されるほど繊細な問題だ。
「まずは、MRIで腰の状況を色と形の変化で確認しましょう」
* 超強力ピップエレキバン *
武田さんがMRI室から戻ってきた。最初の険しい表情が、心なしか穏やかになっている。
「じっと仰向けは大変でしたね。我慢できましたか?」
「先生、MRIに入っている間、少し腰と脚の痛みが和らいだ気がします」
すべてではないが、MRIのトンネルに入ると神経痛が和らぐ患者はたまにいる。三十から四十分間の絶対的な安静、そして、磁石による血流改善効果。おそらく、それは『超強力ピップエレキバン』のようなものなのだろう。
「武田さん、これが5番目の腰の骨、これがお尻の骨です。その間にあるのが、クッション材の椎間板。よく見てください、この椎間板、他と比べて色が黒くなっているでしょう。これはクッション材がへたっている、ということです。へたった椎間板は脊柱管の中に出て、ほら、この神経に触れているでしょう。この神経が6番目。だから、お尻からモモの後ろ、ふくらはぎが痛んで、アキレス腱の反射が消える。そういうカラクリです」
彼は痛みを忘れて、真剣に画像を覗き込んでいる。
「手術ですか?」
誰もが、清流が次の言葉を発する前に、先手を打ってくる。
「僕が医師になった二十数年前、ヘルニアの手術は、まるで流行病のように多かったです。でも、それから研究が進んで、今では、手術をしなくても良くなる人がほとんどです。昔の手術数が100だとしたら、今はせいぜい2か3程度。ただし、足に力が入らない、おしっこや便の感覚が無くなる、そんな事態になれば、手術は『マスト』です」
「じゃあ、自分は麻痺や排泄の不具合はないから、手術は必要ないのですね」
「その通りです。それらは絶対的な適応です。でも、相対的な適応というものもあります。痛くて寝られない、痛くて仕事ができず、生活が立ち行かない場合です」
この時、武田さんの表情が一瞬、薄い雲に覆われたのを、清流は見逃さなかった。
絶対的適応なら、すぐに手術を勧める。しかし、そうでなければ、なるべく手術をしないことを勧める。それは、この二十数年間、手術後に再発、あるいは神経の癒着によって新たな痛みを抱えた症例を数多く見てきたからだ。腰の手術は、一発勝負。やればやるほど、たちが悪くなる。それはまるで、オンラインカジノの負けを取り戻そうと、賭けを繰り替えし、逆にどんどんと借金が増えるパターンだ。
「武田さん、ヘルニアには『3週、3か月』という合言葉があります。痛みのピークから3週経てば大きな痛みが引き、3か月たてばほぼ普通の生活に戻れる。3年もすれば、患ったことさえ忘れてしまう。再発や癒着のリスクを考えると、なるべく手術は控える方が賢明だと思います」
「先生、今あるこの痛みだけは、何とかならないですか?」
こんな時のために、清流はとっておきの切り札を残しておいた。
* 神経根ブロック *
「武田さん、神経ブロックという方法があります。正直に言います。この注射は、おそらく、あなたが今まで経験した中で一番痛い注射です。しかし、その痛みを潜り抜ければすぐに痛みは和らぎ、10の痛みが1か2まで改善するでしょう。痛みが復活しても、最初の痛み10が、注射で8か9になれば、数回繰り返すうちに5以下となり、そのあとは時間が薬になります」
武田さんは、その痛い『神経根ブロック』を、一縷の望みを込めて選択し、承諾書にサインした。
武田さんをレントゲン装置の上にうつ伏せに寝かせ、腰からお尻を消毒する。レントゲン透視を見ながら、仙骨上にある小さな穴に、角度をつけて15センチの長い針を挿入していく。
「武田さん、お尻やモモの後ろ、ふくらはぎ、いつも痛いところに電気が走ったら、その時、“キター”って、声で教えてください」
神経根ブロックの説明をする際、いつも清流は、踊る大捜査線の青島俊作よろしく、“キター”と真似て見せるが、患者はもちろん介助する看護師もくすりとも笑わない。
神経ブロックを嫌になるほど経験した脊椎外科医は、針先が神経に触れる瞬間の予兆を知っている。清流の頭の中にも、腰骨の3D画像があり、針先が進むイメージが浮かび上がる。
その時、武田さんが「う~、痛いです」とうなった。
「まだ神経には達していません。それは違う痛みです。モモの後ろに電気が走れば教えてください」
清流はモニターに視線を戻し、再び針を進めていく。
「武田さん、もうすぐですよ」
清流が神経に近づいた針先を想像した、その瞬間――。
「ギャー、キタキタ!」
そばにいる看護師は、いつもこの叫び声に驚かされる。脊椎外科医は、どこか「S」気質があるのかもしれない。神経に針が当たり、「ギャー」という反応を得る一瞬、密かに満足感を覚えるのだ。ましてや、一発で当たった時は、UFOキャッチャーでお目当ての人形を一発でゲットしたときの快感と等しい。たぶん。
「武田さん、これ、これ、脚にキテますよね」
と、清流は針の頭をトントンと叩く。その度に、武田さんは「ギャー」と唸る。もう一度トントンしたくなる誘惑に駆られるが、やめておく。やはり、少しばかり「S」気質があるのだろう。
「今から造影剤を入れますから、今度はまた違う痛みが来ます」
清流が、針を通して造影剤を注入すると、草原の獣道が朝日に照らしだされるかのように、造影剤が神経に沿って伸びていく。造影剤の痛みは格別なようで、清流も見ていて少し気の毒になる。恐らく、「傷に塩を塗る」ように、造影剤が神経に染みていくのであろう。
「最後に痛み止めを入れます。これも痛いですが、これを乗り越えれば、痛みは無くなりますよ」
武田さんはもう、言葉を発しなかった。ただ、ずっと黙って藻掻いている。
「はい、終わりましたよ。どうですか?痛みは和らぎましたか?」
「終わったんですね。まだ、打ったところがひりひりして、よく分かりません」
「では、また診察室で、変化を聞きましょう」
清流は診察室に戻る。手ごたえは、ばっちりだ。この後、武田さんが見せるであろう、あの「魔法にかかったような」笑顔が、脳裏に浮かぶ。
* ショー・タイム *
「先生、武田さんをお入れしてもよろしいですか?」
さっきまで、前かがみになり、左足を引きずっていた武田さんが、背筋を伸ばし診察室に入ってきた。そこで初めて、彼はこんな顔をした人だったのか、と認識する。
「武田さん、痛みはどうですか?」
「先生、びっくりしました。まるで、魔法のように痛みが取れました」
この「魔法のように」という言葉こそが、脊椎外科医冥利に尽きる瞬間だ。
「あとは、これがいつまでもつかですね。一回で終わる人もいれば、二、三回続ける人もいます。でも、当初の痛みが半減すれば、皆さんもう希望されません」
清流は武田さんに、足首の麻痺や排泄の不具合が起こらなければ、一週間後に再診するように伝えた。また、3週間の休職を勧め、職場に提出する診断書を渡した。武田さんは、清流に深く頭を下げて、軽い足取りで診察室を出ていった。まるで、自分の人生から重い荷物を下ろした直後の、晴れやかな足取りだった。
次回の「忘れられたカルテ 9~ 整形内科医 芥川清流の挑戦」は “脊椎外科医” です。