27 「 入局  」

 

* いわゆる就活 *

当時、医者の周りには「大学医局」という、どこか巨大で捉えどころのないシステムが存在していた。5年生の春にもなると、各科医局の年上の医師たちが、清流たち学生をまるで特別な客であるかのように歓迎してくれた。タダで食べられ、タダで飲める。そんな魅力的な誘惑に惹かれて、まったく入局する気もないのに勧誘というテーブルにつく調子のいい友人たちもいた。しかし、入局者が少ないマイナーな科には、そんな輩は近づかなかった。集まる学生が少なく目立ってしまい、後で断るのが面倒になるのは目に見えていたからだ。

 

* 清流の場合 *

清流は医学部編入当初から、地元の医学部に入局することを決めていた。5年生の春にはまずは内科系か外科系を判断しなくてはいけない。清流の実家は内科を開業していたから、ごく自然に「自分も内科に行くのだろう」と思い込んでいた。近所にある整形外科医院には3人の息子がいたけれど、彼らは全員、見事に整形外科医になった。父がその院長に「なぜ全員同じ科にしたんだ? 喧嘩にならないか?」と尋ねたことがあった。その院長は静かに首を振って言ったそうだ。

「何も強制していないよ。子供たちが自分で選んだんだ」

当時、清流はそれをどこか嘘くさい話だと思っていた。けれど、自分が進路を考える段階になって真っ先に “内科” の二文字が浮かんだ時、清流はその気持ちを少し理解できた。

 

* 内科系 *

5年の夏休み、清流は地元大学の内科医局を見学した。朝の8時、英論文を読む抄読会が始まった。こんなに朝早く起きて英語の勉強をしたのは、高校生の時以来で新鮮だった。その後、重厚なドアの向こうにある教授室で循環器内科の教授と向き合った。彼はとても温かな笑みを浮かべて言った。

「清流君、君が来てくれるのを心待ちにしているよ」

後で知ったのだが、彼はその世界では誰もが知る最高峰の権威だった。だが、その日のスケジュールは清流の想像を遥かに超えていた。心臓カテーテル5件、午後の回診、そして夕方4時から夜の9時まで続く症例カンファレンス。医師、学生、看護師は、ただひたすら立ち尽くし、あるいは腰掛け、心電図の描く波線と血液データの数字を注視し、議論を重ねていた。

「明日も来るかい?」

見学担当の医師にそう聞かれた時、清流は丁寧にお断りをした。そして実家に帰る途中、ハンドルを握りながらはっきりと悟ったのだ。

——僕の場所は、ここにはない。

 

* 外科系 *

秋になり、テレビでは織田裕二が主演する医療ドラマの再放送が流れていた。ちょうど外科の実習(ポリクリ)中だった清流は、自分が腕利きの外科医にでもなったような錯覚を覚えていた。けれど、現実の外科手術は驚くほど地味で、地道な作業の連続だった。腸切除手術の見学中、担当医が清流に「自動縫合器を使ってみるか?」と声をかけてくれた。清流は「はい」と答え、ボタンを押した。次の瞬間、機械は担当医の指と腸を縫い合わせていた。鮮血が術野に噴き出し、手術室は一瞬でパニックに包まれた。清流は針の筵に立たされ、冷や汗を流しながら手術が終わるのを待った。終わった後、深々と頭を下げる清流に、その医師は逆に「サポートが悪くてごめん」と謝ってくれた。いい人だった。でも、清流の直感が囁いた。

——外科も、僕の場所じゃない。

 

* 整形外科との出会い *

その次のポリクリは整形外科だった。そこでの時間は、驚くほど軽やかに流れていた。回診は「元気ですか、歩けますか」という簡潔な確認で終わり、カンファレンスも骨のくっつき具合や金属の位置をチェックするだけ。手術室では、医師と看護師が楽しそうにおしゃべりをしながら、1時間ほどで金属を抜く手術を終える。

その時、清流の中で何かがカチリと音を立てて嵌まった。

「これだ。ここなら、僕もうまくやっていけるかもしれない」

父親に連絡すると、「そうか」と一言で終わった。母親に連絡すると、

「いわゆる切り裂きジャックね」と言われた。どうやら、1888年にロンドンのホワイトチャペルとその周辺で犯行を繰り返した正体不明の連続殺人犯のことらしい。

 

* 地元の整形外科医局へ *

清流はすぐに地元の整形外科医局の門を叩いた。最初に対応してくれた助教授に

「なぜ整形外科なのかね?」

と問われ、清流は深く考えずに答えた。

「手先だけは器用なので」

母にその話をすると、

「それじゃあ整形外科医は “手先の器用さ” しか取り柄がないみたいじゃないの」と叱られ、清流は少し反省した。

教授室で会った教授は、循環器内科の教授とは対照的に、春の風のように穏やかな人だった。出身大学に関係なくフェアに扱ってくれるという噂通り、その空気感は清流を安心させた。

「先生、僕、ここに決めます」

そう宣言した清流に、教授はあっさりと答えた。

「清流君、まあ国家試験もあることだし、しっかり勉強して合格したらまた連絡してくれればいいよ」

人生の重大な決断にしては、拍子抜けするほど軽い受け答えだった。だからこそ、その場面は清流の脳裏に強く焼き付いた。

 

* いよいよ整形外科医師へ *

春になり、合格発表を経た5月の連休明け、清流は医局の扉を押した。世間では4月1日から新社会人が動き出しているのに、清流は実家でただボーッと過ごしていた。母親の視線が、「この子は本当に社会に出て働けるのだろうか」という不安に満ちていたから、清流も生きた心地がしなかった。医局には清流を含めて同期が5人集まっていた。本来は8人入局するはずだったが、3人が国家試験の高波に飲まれたらしかった。エレベーターの中で、医局長が清流たちを見てニヤリと笑った。

「君たちは『8分の5チップ』だな」

当時テレビで流れていたポテトチップスのCMフレーズだ。清流たちは顔を見合わせ、苦笑した。

その日のうちに、6月以降に勤務する病院を決める話し合いが始まった。選択肢は5つ。“あみだくじ”という、なんとも運任せな方法で決めることになった。清流の狙いは明確だった。一番給与待遇が良い「山奥の総合病院」だ。しかし、くじが弾き出したのは「大学に近い総合病院、それも10月から」だった。ふと横を見ると、入局直前に結婚したばかりの同期が頭を抱えていた。彼が引き当てたのは、新婚の甘い生活を打ち砕く「6月からの山奥の総合病院」だった。彼の妻の実家も新居も、大学のすぐ近くにあるというのに。

清流は彼に近づき、耳元で静かに提案した。

「ねえ、勤務先をトレードしない?」

彼は救われたような顔をして、その取引に応じた。こうして清流は、望み通り「山奥も高給の総合病院」へ向かうチケットを手に入れたのだ。

当時の清流は、まだ知る由もなかった。この小さなトレードと、その後、自分で引き寄せる選択の連続が、これから始まる長い整形外科医としてのキャリアの起点となり、人生を決定づける奇妙で、かけがえのない出会いへと繋がっていくのだということを。

年齢を重ねれば重ねるほど理解できる、人生の重要な選択なんていうものは、たいていの場合、ちょっとした直感といくつかの小さな偶然が重なり合って決まってしまうものだ。

 

次回からは新シリーズ「整形外科 いた~い寓話」が始まります。