人間は生もので、また医師は神ではありません。“イワシの頭も信心から”と、いまだにいろいろな民間療法が蔓延っていますが、どうしても治すことが出来ないない疾患はあります。だからといって治療、研究を中止する理由にはなりません。私が医師になったころ、手のひらから指の第2関節までの屈筋腱は縫い合わせても治りにくいので、この部分はノーマンズ・ランド(メスを入れてはならない場所)と言われていました。しかし、現在、経験を積んだ手の外科専門医であれば、十分な治療成績が出ています。また、脳の奥深くにある頭蓋底は、重要な神経組織や血管が多く、これらを少しでも損傷してしまうと重度の合併症や死を招く可能性があることから、ノーマンズ・ランドと言われていました。現在は医療技術の進歩で脳外科的治療が可能になりましたが、頭蓋底腫瘍の切除手術は依然として最高難易度であると言われています。
今回は整形外科分野で、これは今後、医療技術が発展したとしても、やはり治すことは困難であろう“神の領域”疾患をピックアップしました。
・脊髄損傷:私が医師になった30年前に比べれば、脳・脊髄機能はかなり解明されてきました。しかし、脳外傷と同様に、脊髄損傷の治療は一向に進んでいません。iPS研究が救世主と期待された頃もありましたが、はやり難しそうです。ラットやサルを使った研究ではうまくいっても、やはり高等動物である人間では難しそうです。しかし現在では、ロボット工学×リハビリ研究の成果で、いろいろな機能補完が可能になってきています。
・中枢神経障害:頸椎や腰椎の手術で、圧迫された頚髄、頚・腰神経の除圧を行えば、ある程度症状は和らぎます。しかし金属も劣化するように、人間の組織も劣化し、それは神経も例外ではありません。また一旦傷んだ神経は正常神経に比べより劣化が早く進みますから、脊椎術後数年経過すると傷んだ神経の機能が低下し症状が再発します。
・末梢神経障害 :脳や脊髄などの中枢神経の再生はとても困難ですが、手指の末梢神経にはある程度の再生能力はあります。しかし手根管症候群や肘部管症候群の術後など、一時的に症状は和らぎますが、やはり数年経過すると神経組織の劣化で機能が低下します。場合によっては神経剥離術を追加しますが、これもいずれ同様の結果になることがあります。
・腕神経叢損傷:30年前から神経移植、神経移行術、筋肉移植による機能再建術が行われていますが、度重なる手術とリハビリを行っても、脊髄損傷と同様に完全な機能回復は困難な状況です。
・帯状疱疹後神経痛:神経が炎症を起こして強い痛みが出ると、なかなか不快な疼痛は改善することはありません。それは気候や体調に左右されるので、自分なりに工夫することが重要で、市販されている鎮痛剤はほぼ効果が無さそうです。
・軟骨損傷(子供は除く):子供の軟骨損傷は再生の可能性はありますが、大人となるとかなり困難です。それ以上の損傷を防ぐ筋トレや補助具、生活習慣の見直しがより現実的です。
・首下がり症候群:いろいろな原因が報告されていますが、原因を特定することは困難です。頸部以外の脊柱アライメント不良が症状を起こしていることが多く、頸部を含めた脊柱アライメント自体を矯正することが治療の第一歩ですが、これはとても困難です。
・運動器不安定症、ロコモティブ症候群:いわゆる加齢に伴う“ふらつき”“筋力低下”です。もちろん運動を継続することで症状の進行を遅くすることは可能ですが、心肺機能、脳・脊髄・末梢神経機能、認知機能などが影響し、それぞれ個人差も大きいので、なにが功を奏するかは“神のみぞ知る”といえます。
・関節拘縮:骨折や感染で関節が動きにくくなると、可動域拡大リハビリ時の疼痛は相当なものです。このような場合に関節受動術(関節内の癒着部位を剥離する)を行いますが、腸閉塞の手術がさらなる腸閉塞を誘発するように、関節内操作がさらなる癒着を生むので、改善の見込みは少ないと言えます(3歩進んで2.8歩さがる)。
・アライメント異常(脊椎、関節):アライメントが崩れた脊椎や関節を金属で置換・矯正しても、金属固定隣接部や他関節への負荷が新たなアライメント不良を生みます。今話題のトランプ関税よろしく、一旦バランスを崩すと元に戻ることなく、新たな境地に移行します。
次回は「整形外科の性格診断16 Personalities」です。
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