精神革命
どんな理論にも反論は生まれます。
逆に、どんな凶悪犯にも、共感者は生まれます。
私は死刑制度賛成派ではないのです。
終身刑に賛成なのです。
そのほうが、確実に、殺人の抑止力があると思うからです。
しかし私は、その死刑制度の是非よりも、
悪いのは社会だ、天皇制だと、この国を呪う人権派の人が許せないのです。
しかしそんなことを議論しても、この世の終わりまで、決着はつかないでしょう。
そしてどんな犯罪もなくならないはずです。
それは戦争やテロがなくならないように。
しかし私は、世界からあらゆる憎しみや争いがなくなることを願う、
やさしい気持ちの持ち主に訴えたいのです。
それは世界から、どんな醜い争いもなくなる可能性です。
私は個人を、直接個人から、変えることはできないと思っています。
しかし世界を変えることにより、それぞれの国を変え、
さらにその結果、個人を変えることが可能だと訴えたいのです。
どんな凶悪な独裁者も。
それはヒトラーも、スターリンも、ドラキュラ伯爵も、
一時的に個人を恐怖で支配しても、
人を道徳的に変えることはできませんでした。
それは現在の日本で、死刑制度が、殺人の抑止力にならないように。
しかし、それは恐怖で個人を直接支配しようとしたからです。
人間にとっての最大の恐怖は、死です。
しかしその死というものは、どんな人間でも、必ず訪れます。
それゆえどんな恐怖政治も、必ず限界があるのです。
それは歴史が証明しています。
しかし人類は、経済、科学技術の面では現実に、大きく進化してきました。
それは人類は、経済、科学においては、絶対の可能性を持っていたからです。
どんな不可能でも、科学は可能にできると。
だから私は人類に、現在不可能だと思われている、
平和の可能性を気がつかせたいのです。
それこそは、人類は、必ず争いのない、平和な社会を築けると。
誰もが生きることは素晴らしい、人間は素晴らしいと感じることが可能な世界を築けると。
それは個人で感じても、何の効果もありません。
だから私は、人類にその可能性を気がつかせたいのです。
人類に、平和の可能性を気がつかせることによって、
個人にも、平和を、争いのない世界を築く可能性に、
気がつかせることが可能だと訴えたいのです。
それは前から言っている通りに、
人間にはだれにでも優しい気持ち、哀の感情があると。
それは哀の感情は、道徳や倫理ではなく、人間の脳の機能だからです。
私はそれを、個人ではなく、人類の過半数の人に気がつかせたいのです。
それでこそ人類は、人類の無限の可能性、
不可能だと思われている、平和の可能性に気がついてもらえるからです。
お願いです。
私のこの精神革命の戦いを支援、支持してください。
そのために、人類の過半数の人に、
哀の感情の真理を気がつかせる戦いに参加してください。
やさしいあなたの力で、平和な世界が、犯罪のない世界が可能なのです。
私を信じてください。
人類は必ず、平和で自由で平等な社会を築けるのです。
私は闘い続けます。
逆に、どんな凶悪犯にも、共感者は生まれます。
私は死刑制度賛成派ではないのです。
終身刑に賛成なのです。
そのほうが、確実に、殺人の抑止力があると思うからです。
しかし私は、その死刑制度の是非よりも、
悪いのは社会だ、天皇制だと、この国を呪う人権派の人が許せないのです。
しかしそんなことを議論しても、この世の終わりまで、決着はつかないでしょう。
そしてどんな犯罪もなくならないはずです。
それは戦争やテロがなくならないように。
しかし私は、世界からあらゆる憎しみや争いがなくなることを願う、
やさしい気持ちの持ち主に訴えたいのです。
それは世界から、どんな醜い争いもなくなる可能性です。
私は個人を、直接個人から、変えることはできないと思っています。
しかし世界を変えることにより、それぞれの国を変え、
さらにその結果、個人を変えることが可能だと訴えたいのです。
どんな凶悪な独裁者も。
それはヒトラーも、スターリンも、ドラキュラ伯爵も、
一時的に個人を恐怖で支配しても、
人を道徳的に変えることはできませんでした。
それは現在の日本で、死刑制度が、殺人の抑止力にならないように。
しかし、それは恐怖で個人を直接支配しようとしたからです。
人間にとっての最大の恐怖は、死です。
しかしその死というものは、どんな人間でも、必ず訪れます。
それゆえどんな恐怖政治も、必ず限界があるのです。
それは歴史が証明しています。
しかし人類は、経済、科学技術の面では現実に、大きく進化してきました。
それは人類は、経済、科学においては、絶対の可能性を持っていたからです。
どんな不可能でも、科学は可能にできると。
だから私は人類に、現在不可能だと思われている、
平和の可能性を気がつかせたいのです。
それこそは、人類は、必ず争いのない、平和な社会を築けると。
誰もが生きることは素晴らしい、人間は素晴らしいと感じることが可能な世界を築けると。
それは個人で感じても、何の効果もありません。
だから私は、人類にその可能性を気がつかせたいのです。
人類に、平和の可能性を気がつかせることによって、
個人にも、平和を、争いのない世界を築く可能性に、
気がつかせることが可能だと訴えたいのです。
それは前から言っている通りに、
人間にはだれにでも優しい気持ち、哀の感情があると。
それは哀の感情は、道徳や倫理ではなく、人間の脳の機能だからです。
私はそれを、個人ではなく、人類の過半数の人に気がつかせたいのです。
それでこそ人類は、人類の無限の可能性、
不可能だと思われている、平和の可能性に気がついてもらえるからです。
お願いです。
私のこの精神革命の戦いを支援、支持してください。
そのために、人類の過半数の人に、
哀の感情の真理を気がつかせる戦いに参加してください。
やさしいあなたの力で、平和な世界が、犯罪のない世界が可能なのです。
私を信じてください。
人類は必ず、平和で自由で平等な社会を築けるのです。
私は闘い続けます。