思い出の鉄道~深名線③
(続き)北の母子の里と書いて、「きたもしり」と読む。北海道の地名はアイヌ語に漢字を充てたものが多く、北母子里もそうだと思うが美しい駅名だ。
僕は車両後部の乗務員室に行き、周遊券を見せたうえで記念にほしいのですがと頼んで、「朱鞠内から北母子里ゆき」の乗車券を発行してもらった。
車掌氏は「手書きの方がいいですね」と言って車内補充券を取り出し、一字づつていねいに書きこんだ。乗客わずか4人で手持ち無沙汰だった車掌氏は、周遊券を持った客がわざわざ切符を買ってくれたせいか、「ありがとうございました」と深々と頭を下げた。
この切符の値段は380円、この程度の増収では日本一の赤字線の地位は揺らぎそうにない。深名線は道内有数の豪雪地帯を走り、冬季の代替道路の確保が困難なため、今のところ廃止対象にはなっていないが、この国は鉄道には無責任なくせに道路建設だけは熱心だ。いずれ深名線も溶けてなくなるだろう。
やがて暗闇の中に民家の灯がぽつぽつ見えだし、とうとう乗客4人のまま、暮れなずむ名寄駅に着いた』
…20代前半に書いた乗車記です。さすがは文豪?
今は転換バスがひっそり走っています。
僕は車両後部の乗務員室に行き、周遊券を見せたうえで記念にほしいのですがと頼んで、「朱鞠内から北母子里ゆき」の乗車券を発行してもらった。
車掌氏は「手書きの方がいいですね」と言って車内補充券を取り出し、一字づつていねいに書きこんだ。乗客わずか4人で手持ち無沙汰だった車掌氏は、周遊券を持った客がわざわざ切符を買ってくれたせいか、「ありがとうございました」と深々と頭を下げた。
この切符の値段は380円、この程度の増収では日本一の赤字線の地位は揺らぎそうにない。深名線は道内有数の豪雪地帯を走り、冬季の代替道路の確保が困難なため、今のところ廃止対象にはなっていないが、この国は鉄道には無責任なくせに道路建設だけは熱心だ。いずれ深名線も溶けてなくなるだろう。
やがて暗闇の中に民家の灯がぽつぽつ見えだし、とうとう乗客4人のまま、暮れなずむ名寄駅に着いた』
…20代前半に書いた乗車記です。さすがは文豪?
今は転換バスがひっそり走っています。
思い出の鉄道~深名線②
(続き)朱鞠内まで乗ってきたキハ22が深川行となって発車すると、静寂の中に残されたのは、名寄行の車両と乗務員、そして先ほどの6963Dから乗り継いだ僕と、カメラや時刻表を携えたレールファンらしき人、名寄まで帰るというじいさまのわずか3人の乗客だけ。
やがてこちらも名寄に向けて発車し、日の傾きはじめた駅構内に使われなくなったターンテーブルが見えた。さして速度も上がらぬうちに次の湖畔仮乗降場に着き、若い女性が1人乗ってきた。この近くに「朱鞠の宿」というリュック族向けの民宿があるから、そこに宿泊していたのだろう。
わずか4人の客を乗せた945Dは、日本最大の人造湖である朱鞠内湖の北岸をかすめるように、ごろごろと進んでゆく。ときおり思い出したように停車するが、乗降は全くない。朽ちかけた駅名票がなければ、ただの盛り土としか思えない駅ばかりだ。
なぜこんなところに鉄道が走っているのだろうとすら思った。たった1両の車内には、ディーゼルエンジンの音だけが響き、薄暗くなってきた車窓には白樺の木肌だけが青白くぼうっと浮かび上がって見える。
「次は北母子里です」
わずか4人の乗客に向かって車掌が放送する。(続く)
やがてこちらも名寄に向けて発車し、日の傾きはじめた駅構内に使われなくなったターンテーブルが見えた。さして速度も上がらぬうちに次の湖畔仮乗降場に着き、若い女性が1人乗ってきた。この近くに「朱鞠の宿」というリュック族向けの民宿があるから、そこに宿泊していたのだろう。
わずか4人の客を乗せた945Dは、日本最大の人造湖である朱鞠内湖の北岸をかすめるように、ごろごろと進んでゆく。ときおり思い出したように停車するが、乗降は全くない。朽ちかけた駅名票がなければ、ただの盛り土としか思えない駅ばかりだ。
なぜこんなところに鉄道が走っているのだろうとすら思った。たった1両の車内には、ディーゼルエンジンの音だけが響き、薄暗くなってきた車窓には白樺の木肌だけが青白くぼうっと浮かび上がって見える。
「次は北母子里です」
わずか4人の乗客に向かって車掌が放送する。(続く)
思い出の鉄道~深名線①
北海道の函館本線深川から、宗谷本線の名寄を結んでいたローカル線。美幸線なきあと、日本一の赤字線として不名誉な栄冠に輝いたこともある。
蕎麦の名産地幌加内は、この沿線で、深名線が走っていた頃はさほど知名度もなく、あったにしても車王国北海道では、不便なローカル線で蕎麦を食べに行く人はほとんどいないだろう。
僕は廃止前に一度乗ったことがあり、今日はその時に書いた文章を転載する(手間いらずW)。
『列車は、白樺や熊笹ばかりで民家などほとんどない中をトコトコ走り、やがてひっそりとした朱鞠内に着いた。
深名線は全線を直通する列車がなく、この朱鞠内で全て乗り換えとなる。僕も30分ほど待って名寄行きの945Dに乗るのだが、朱鞠内というところは民家がちらほらあるだけで、時間をつぶせるところは何もない。
仕方なく駅前で写真を撮ったり、朱鞠内駅のお知らせを眺めたりして列車を待った。
やがて名寄方面から列車が到着したが、これまたたった1両。列車から降りてきたのはわずか4人である。朱鞠内から先は、1日わずか3往復の列車が走るのみだが、列車が少ないから利用者が少ないのか、その逆なのか。(続く)
蕎麦の名産地幌加内は、この沿線で、深名線が走っていた頃はさほど知名度もなく、あったにしても車王国北海道では、不便なローカル線で蕎麦を食べに行く人はほとんどいないだろう。
僕は廃止前に一度乗ったことがあり、今日はその時に書いた文章を転載する(手間いらずW)。
『列車は、白樺や熊笹ばかりで民家などほとんどない中をトコトコ走り、やがてひっそりとした朱鞠内に着いた。
深名線は全線を直通する列車がなく、この朱鞠内で全て乗り換えとなる。僕も30分ほど待って名寄行きの945Dに乗るのだが、朱鞠内というところは民家がちらほらあるだけで、時間をつぶせるところは何もない。
仕方なく駅前で写真を撮ったり、朱鞠内駅のお知らせを眺めたりして列車を待った。
やがて名寄方面から列車が到着したが、これまたたった1両。列車から降りてきたのはわずか4人である。朱鞠内から先は、1日わずか3往復の列車が走るのみだが、列車が少ないから利用者が少ないのか、その逆なのか。(続く)