第1篇「戦争の本質について」
- 戦争の本性、理論の戦争と現実の戦争の相違、戦争の目的と手段などを論じる
第2編「戦争の理論について」
- 軍事学のあり方やその方法論を論じる
第3編「戦略一般について」
- 戦略を定義し、従来の時間・空間・戦力の戦闘の基本的な三要素だけではなく、精神的要素を考察
の対象として分析する
第4編「戦闘」
- 戦闘の一般的性質や勝敗の決定について物質的側面と精神的側面から分析する
第5編「戦闘力」
- 戦闘力の構成や環境との一般的関係を論じる
第6編「防御」
- 防御の戦術的性格や種類、戦略的な位置づけを論じる
第7編「攻撃」
- 攻撃の戦術的性格、勝利の極限点を論じる
第8編「作戦計画」
- 理論の戦争と現実の戦争の関係を述べた上で、戦争計画の要点を論じる
戦争
戦争がどのような本質を持つのかを明らかにするためには戦争の多様な在り方を説明できるような理論
が必要である。 そこでまず戦争における暴力性に着目するところからクラウゼヴィッツは議論を始める。
そもそも戦争の内在的な本質とは単純化すれば敵対する二者による決闘の性質がある。 そこで「戦争
とは、敵を強制してわれわれの意志を遂行させるために用いられる暴力行為である」として戦争を単純
に捉えた場合、戦争の本質は暴力の行使であり、またその目標は敵の戦闘力の粉砕にあるということ
が分かる。 戦争におけるこのような暴力の行使には
・ 敵に敵対的感情を抱く相互作用
・ 敵の戦闘力を粉砕しようとする相互作用
・ 敵の戦闘力に応じた我の戦闘力を準備しようとする相互作用
の3つの相互作用が認められる。 これらの相互作用によって戦争における暴力の行使は原理的に拡大
しようとする。
しかしながら、現実世界のあらゆる戦争において暴力が極限的に行使されていると考えることはできな
い。 クラウゼヴィッツはここで暴力性ではなく戦争における政治性に着眼点を移す。 つまり戦争は孤立
的行為ではなく、また一度の決戦で成立することも、戦争の戦果が絶対的なものではないと考える。
ここで改めて戦争における政治的目的が見直されることになる。 そもそも敵に対して要求する犠牲を小
さくすれば、敵の抵抗は小さくなり、したがって我が支出すべき努力も小さくなる。 政治的目的が戦争に
おいて支配的であるために軍事行動はその暴力の極限性を弱化させ、皆殺しの戦争からにらみ合い状
態までさまざまな種類の激しさを伴う戦争が生じることになる。
さらに戦争における政治の蓋然性の法則と暴力の極限性の法則を以って戦争の多様な形態を説明でき
たとしても、これだけではまだ説明することができない事態がありうることをクラウゼヴィッツは指摘する。
それは戦争においてしばしば生じる軍事行動の停止という事態である。 そもそも戦争における両軍の
将軍の利害は完全に対立するものとして考えられるが、これは戦場における両極性と考えることができ
る。言い換えれば戦闘は片方が勝利すればもう片方が原理的に敗北することになるという一般的な性
質が存在する。
しかし戦場における両極性は一つではない。 これは軍事行動の攻撃と防御がそれぞれに両極性を持
つことによるものである。 つまり攻撃を行うことを決心しようとするならば、防御の利益を超える攻撃の利
益が約束されなければならないということである。 軍事行動の停止はこの攻撃と防御の損得の相違に
よる二種類の両極性の法則の結果である。
クラウゼヴィッツは戦争をカメレオンに例えてその規模・形態・情勢が変動していくものと考えた。 そして
その戦争の全体を支配している諸傾向を概観すると、
・ 主に国民による憎悪や暴力性をもたらす傾向
・ 主に軍隊による自由な精神活動としての傾向
・ 主に政府による従属的傾向
の3つから三位一体が成り立っているとまとめている。 この三位一体の各要素はそれぞれに固有の役
割を持っており、これらの主体や相互の関係を無視して現実の戦争を見ることは不可能であると論じて
いる。
戦略
クラウゼヴィッツにとって戦略とは戦争目的のために戦闘を使用する教義であり、戦略の対象となるもの
は戦闘である。戦略においてまず全ての軍事行動にその目的に合致した目標を設定する必要がある。
そして戦略に従って戦争計画を立案し、個々の戦役に対する見通しを以って個々の戦闘を位置づける。
戦略における問題は科学的な形式や課題を発見することではなく、そこに作用している精神的な諸力を
把握することである。
戦略においてあらゆるものごとが単純であることと、その実践が容易であるとは限らない。 達成すべき
目標を設定したとしても無数の要因によって方針を転換することなく、計画を完遂するためには自信と知
性が必要である。 戦略においては戦術と異なってあらゆることが緩やかに進行するためその状況判断
は推測に依存せざるをえず、したがって決断不能な状況に陥りやすい。
戦略において考察される諸要素は以下の5点に集約できる。
・ 精神的要素 - 戦闘における将軍の才能、武徳、国民精神などの精神的特性とその作用を含む
・ 物理的要素 - 戦闘力の量的な大小や質的な組成を含む
・ 数学的要素 - 作戦線の角度、空間や時間における兵力集中や節約に関する
・ 地理的要素 - 制高地点・山岳・河川・森林・道路など
・ 統計的要素 - 兵站や休養を含む
これら諸要素は相互に連関したものである。
戦闘
戦闘とはクラウゼヴィッツによれば本来の軍事行動によって遂行される闘争であり、これは敵の撃滅や
征服を目的とするものである。 したがって戦闘における敵とは我に対抗する相手の戦闘力である。 戦
争の目的は諸々の戦闘によって構成されており、それぞれの戦闘は特殊な目標を持ちながら戦争全体
と結合している。 したがってあらゆる戦略的な行動は戦闘と密接な関係を持っている。
戦闘の一般的目標とは敵の撃滅であるが、それが敵の死傷によるものであるか、また敵の戦闘意思の
放棄によるものかは問わない。 とにかく戦闘によって敵の戦闘力の損耗が我のそれよりも比較的に大
であり、また巧妙な部隊の配備によって敵を不利な状況に追い込むことで退却を強いることなどによって
勝敗を決定する。 つまり戦闘における勝利の概念とは、敵が物理的諸力において我よりも大きな損失
を被っており、精神的諸力についても同様であり、さらに敵が戦闘継続の意思を放棄することで上記の
に条件を承認することによって獲得することができる。
戦闘の一般的な記述だけでなく、多種多様な形態に着目すると戦闘を分類する必要がある。 そこでクラ
ウゼヴィッツは防御戦闘と攻撃戦闘に大別する
・ 防御戦闘 - 敵戦闘力の撃滅、ある地点の防御またはある地点の防御が狙い
・ 攻撃戦闘 - 敵戦闘力の撃滅、ある地点の略取またはある物件の略取が狙い
このことから防御の目標は常に消極的なものであり、他の積極的行動を容易にする以外には間接的に
有用であるだけである。 したがって防御戦闘が頻繁に実施されることは、戦略的情勢の悪化を意味し
ている。
防御と攻撃
防御と攻撃の関係についてクラウゼヴィッツはその行動の受動性と能動性から区分する。 防御という戦
闘行動とは敵の進撃の撃退であり、攻撃は逆に敵を積極的に求める戦闘方式である。 戦争において
一方的な防御はありえず、防御と攻撃は彼我の双方向の戦闘行動によって相対化する。 ただし防御の
目的とは攻撃の奪取に比較して維持であるため、その実施は容易である。 そのためクラウゼヴィッツは
防御形式は本来的に攻撃形式よりも有利であると考える。 しかし攻撃を行わなければ敵の戦闘力を打
倒するという戦闘の目的は達成することはできない。
つまり攻撃と防御とは交代しながら行われるものである。 その理由には攻撃と防御のそれぞれの戦術
的性質が異なっているだけでなく、戦闘力の一般的な性質からも考察できる。 戦力の衰弱をもたらす要
因としては、決戦後にも継続される戦闘、後方支援の確保、戦闘における損害、根拠地と前線の距離
の増大、要塞の攻囲、労苦の増大、同盟軍の戦線離脱の要因がある。 このような要因による戦闘力の
総量の消耗は敵の精神的、物質的な戦闘力の損耗によって相対的に解消されるものであり、戦術的勝
利はこの戦闘力の均衡において圧倒的な優位があるために獲得されるものである。
しかしながら戦争において勝利者が軍事的努力によって一名残らず殲滅できるとは限らないだけでな
く、戦闘力は勝利後も既に述べたさまざまな要素によって次第に減退していくものである。 攻撃を行うこ
とは常に戦闘の目的である敵戦闘力の打破に寄与するものであるが、攻撃によって獲得した戦果は時
間の経過とともに逓減していくものだと理解できる。ここで攻撃によってのみえられる戦果の限界量を導
入することが可能となり、これを攻撃の限界点とクラウゼヴィッツは命名する。 この攻撃の本質的性格を
考慮すれば、防御とはこの攻撃の内在的な欠点を補うため、つまり攻撃の限界点においてそれまで獲
得してきた戦果を保存するため、状況に応じて選択される戦闘行動として位置づけることができる。
戦争計画
クラウゼヴィッツは戦争計画の章では戦争の総括的問題を解明し、本来の戦略とその重要事項につい
て論じている。 戦争計画は軍事行動のすべてが総合されたものであり、計画中のさまざまな目標は戦
争目的と関係付けられる。戦争は国家の知性である政治家と軍人によって発起され、戦争において、ま
た戦争によって達成すべき目標を決定する。 しかしクラウゼヴィッツの戦争理論によって既に明らかにさ
れたように、戦争には純粋な暴力の相互作用の原理が機能する絶対戦争と現実的形態として諸々の
抑制が加わる現実の戦争がある。 つまり戦争は二種類の目的が設定されうるものであり、敵の完全な
打倒という戦争目標と敵国の国土の一部を攻略占領という制限された戦争目標が考えられる。
さらに戦争は政治の道具であり、政治的交渉は戦争においても継続され、また同時に戦争行動は政治
的交渉を構成するという見解がクラウゼヴィッツの基本的立場である。 つまり戦争が政治に内部的に従
属するため、政治の戦争意思が強大になるに従って戦争は絶対的形態へと移行する。 また政治の戦
争意思が弱小になるに従って、戦争本来の姿から生じる厳しい結果を避け、遠い将来の成果よりも近く
の結果に関心が集中する。 戦争に必要な主要計画は全て政治的事情に対する考察が必要であり、政
府と統帥部の意志が統一されなければならない。 その方法の一つとして内閣の一員に最高司令官を
加えることを挙げている。 クラウゼヴィッツは、攻勢的戦争、防御的戦争それぞれにおいて重要な点を
述べている。
クラウゼヴィッツが提案する戦争計画の原則は二つの原則から成り立っている。
それは次のように定式化される。
・ 可能な限り集中的に行動する
・ 可能な限り迅速的に行動する
集中的行動の原則をクラウゼヴィッツは次のように説明する。 敵の戦闘力を集中させ、その点に対して
我の戦闘力を集中することが必要である。 しかし戦闘力の最初の配置や参戦諸国や交戦地域の地理
的環境などによっては分割も可能である。 しかし戦闘の勝敗が重要でない地域に戦闘力を分散する場
合にはこの原則に従うことが困難になる場合もある。 したがってこの集中の原則は主要な戦闘を必要と
する方面に対してのみ攻撃を、その他の方面に対しては防御を実施することが合理的であると考えられ
る。 さらに迅速の原則において時間の浪費は戦力の消耗であり、また時間の要素は奇襲の条件を構
成する。 したがって戦争においては常に敵の完全な打倒を狙いながら前進し続けることだけが望ましい
のであり、一度でも停止すると敵に対する有効な攻撃前進を再開することは不可能となる。
二種類の戦争
クラウゼヴィッツの軍事思想の画期性は戦争の二重構造を明らかにしたことに求めることができる。
クラウゼヴィッツは戦争を研究する上で当時ドイツで研究されていた観念論の哲学や弁証法の方法論に
影響を受けていたことが指摘されている。 戦争の概念がクラウゼヴィッツにより二種類に分かれている
ことは当時のこの時代精神の文脈から理解することができる。 まず戦争とは拡大された決闘であり、そ
こには暴力に基づいた相互作用が働いていると考える。 この相互作用はエスカレーションをもたらすも
のであり、戦争における暴力の極大使用の原因ともされている。 この暴力の相互作用は限界がないた
めに、この法則に支配される戦争は最終的には完全に敵を打倒する絶対的戦争に至るものとされてい
る。 しかしこのような絶対的戦争は現実の戦史には見られない戦争である。 なぜならば、戦争における
暴力の相互作用は政治的、社会的、経済的、地理的な要因によって抑制されるためである。 特にクラ
ウゼヴィッツは戦争が政治に対して従属的な性質を持っていることを指摘しており、殲滅戦争から単なる
武装監視にいたるまであらゆる戦争の形態を政治は規定することを論じている。 これを定式化してクラ
ウゼヴィッツは「戦争が他の手段を以ってする政治の延長」だと述べている。
戦争の三要素
またクラウゼヴィッツが戦争の傾向を規定している要因について三つの要因を挙げながら分析している。
第一に敵意や憎悪の情念を伴う暴力という要素であり、この要因が強ければ戦争の激しさが増大する
と考えられる。 第二に不確実性や蓋然性を伴う賭けの要素であり、これは戦争において自由度を伴う
精神活動であり戦果に反映される。 そして第三の要素は政治のための手段という従属的性質である。
これら三つの要素はそれぞれ国内における社会的な行為主体に割り当てて考えることが可能であり、
第一の要素は国民に、第二の要素は軍隊に、第三の要素は政府に関連している。 この要素は三位一
体として戦争に作用し、敵対行為の準備、戦闘の開始、講和の締結、戦後の展開までに作用する。
これら相互の関係について、精神的活力を生み出すのが国民であり、政府はこの国民の意志を合理的
な政策へと組織し、軍隊はその政策を実施の主体となるものと捉えられている。
摩擦と天才
クラウゼヴィッツはさらに軍事行動における不確実性や過失の存在が戦争を複雑にしていることを指摘
し、また指揮官の決心が部隊の作戦行動に与える影響を分析する。 前者に指摘したものが摩擦であ
り、後者が天才、または軍事的天才と呼ばれる概念である。 摩擦とは現実の戦争と机上の戦争の相
違に認められる事象であり、現実の軍事行動に随伴する偶発的、予測不能な障害を指している。 摩擦
を克服する能力として天才の概念が考えられる。 指揮官に必要な組織について分析を行っており、そ
れを解釈するために天才という概念を適用する。 危険や苦労、不確実性が支配する戦争の中で適切な
軍事行動を指導するためには天才が不可欠であり、これはほとんどが精神的要素で構成されている。
クラウゼヴィッツはナポレオンやフリードリヒ大王の戦史を研究することで、全く同等の軍事的条件が与
えられても結果が異なることがありうると論じている。