寒い日が続いていますね。
まだまだリハビリ中のJohnです。先日より実話に基づくビートルズのフィクションをお送りしています。今回もその続きです。
旅公演の終焉
1966年8月29日、この年行われた北米ツアーの最終公演、サンフランシスコのキャンドルスティックパークでの公演が行われた。いつもと変わらない矯正が会場を包んでいた。駆け付けたファンの誰もがビートルズの生演奏がもう聞けない、とは思っていない。
彼ら自身はどうなのだろう?
「もうこれでツアーは終わりだぜ。」
「マル、この間もらった新製品、なんて言ったっけ。」
「カセットテープ」
「そうそう、それ。使い方は教えて貰ったよな。」
「ああ。大丈夫だ。」ポールがマルカムに何か頼んでいます。
「じゃあ、俺たちの最後の演奏、録っておいてくれよ。」
「解った。大丈夫だよ。」
「でもこれで、終わりかなぁ。まだ演れるんじゃないか。また演ろうぜ。」とポール。まだ、ポールは演りたそうです。するとジョージが話し出しました。
「どっちにしたってあの嬌声じゃ聞こえないさ、俺たちの演奏。終わりさ。終わり。もう俺たち、ビートルズじゃなくなるんだよ。」
どうやら生演奏を嫌がっているのは、ジョージのようですね。
そうなんです。ビートルズが旅公演を中止したのは強硬に反対したジョージの意見によるものでした。ポールは寧ろ公演を続けたいと思っていました。その証拠にビートルズ解散後運ウィングスを作るとすぐにツアーを行っているのです。
旅公演を辞めるということは、ビートルズの単独の問題ではなく、大きな問題を孕んでいました。と言うのも、エンターテインメント業界で初めての事だったのです。もう一つ重要なことは、旅公演をしなくてもビートルズなら食っていけるという事実です。これまでのエンターテインメント業界ではレコードを出しても旅公演をしなければ食べていけるだけの稼ぎをもらえませんでした。ところが、ビートルズの場合は違っていたのです。旅公演を辞めたとしても、レコード印税だけで十分に生活できるほどの額を貰っていたのです。つまり彼らはそれほどに大きなレコード・マーケットを開拓したのです。これは一種の革命でした。
もう一人頭を抱えている人がいました。彼らのマネージャー、ブライアン・エプスタインです。ちょっと覗いてみましょう。『俺はこれから何をすればいいんだ。テレビ局との交渉、新聞記事のチェック、ボーイズの部屋の手配・・・みんなツアーあればこそだ。』さらに『大好きなジョンともなかなか会い難くなる。』これまでエプスタインは、ビートルズのために人生を捧げてきた観があります。もう一つ怖ているのはビートルズとの再契約の話です。彼らが独立を望むかもしれないのです、そう考えると、今日を最も怖れていたのは、ブライアン・エプスタインかも知れませんね。