SGT.Pepper's | John's BOOROCKSブログ-I Love The Beatles, Fender Guitars & Movies!

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ハンドメイド・エフェクター・ブランドBOOROCKS(ブロックス)のスタッフによる、音楽(BEATLES & Fender)と映画の気ままなブログ。

まだまだリハビリ中のJohnです。先日より実話に基づくビートルズのフィクションをお送りしています。今回もその続きです。



SGT.Peooer's


 ジョージ・マーティン(ビートルズのロデューサー)によると名作アルバム『SGT. Pepper's Lonely hearts Club Band』はジョンの作品「Strawberry Fields Forever」のレコーディングに始まったという。ジョンがこの曲をバンドに持ち込んだ時、まずはバンドでレコーディングを行っている。その数日後ジョージ・マーティンに同曲の再録を頼んだ。「やっぱりオーケストラをバックで取り直したい。」と頼んだ。ジョージ・マーティンはジョンに頼まれた通りオーケストラ譜を作った。前のバージョンと異なるのは、前はキーがAだったのが今回はGだった。つまりオーケストラ・バージョンでは一音低いのだ。そのレコーディングのまた数日後ジョンが言うには「前半はバンド・バージョン、後半はオーケストラ・バージョンにしたい。何とかしてほしい。」ということだった。しかし元々その二つのバージョンはキーが違っているのだ。通常のプロデューサーなら足下に断っていただろう。しかしジョージ・マーティンは見事にやってのけた。前半のバンド・バージョンを少しずつ遅くして後半のオーケストラ・バージョンを少しずつ早くして両キーが揃うところで合わせたのである。こうして前半バンド・バージョン、後半オーケストラ・バージョンの「Strawberry Fields Forever」が出来上がったのである。ジョージ・マーティンが言い示すのはこの「Strawberry Fields Forever」のように『SGT. Pepper's Lonely hearts Club Band』は実験的なレコーディングだった、ということだろう。

 このアルバムのタイトル・トラック「SGT. Pepper's Lonely hearts Club Band」ができた時にアルバム全体をコンサート形式にする、というアイデアが出たという。アルバム全体を一つのコンセプトで纏めるというポップ始まって以来初めての試みだった。ビートルズがツアーを辞めたことがァルバムの制作意欲をましているようだった。ただこの時期彼らのその意欲に追いつくだけの機材が存在していない。現代のレコーディング・テクノロジーであれば、可能なこともこの時代には不可能だった。それを様々な工夫で克服したのは、単に彼らがEMIにとってのドル箱だったからだ。よってそれはやはり彼らの力と見るべきだろう。この時期の彼らの作品は実に輝きに満ちている。ジョンとポールのコンビえーションが最高潮だったと言えよう。この頃のバンド内の役割は基本的にジョンとポーがル作家がだった訳だがその立ち位置は多少異なっていた。初期のロックンロール期においては曲作りにおいてはジョンがリードしていた。ポールはそのアレンジャーとして抜群の力を発揮した。中期になると自信を持ったポールが頭角を現してくる。ポップ色を強めた楽曲をバンドに提供しファン層を広げた。これ以降ジョンのロックンロール色は影を潜めている。この時期のジョンは新しいコード進行やサイケデリックを意識した曲作りに専念している。ポールのポップ路線と相反しているようにも見えるが、7実はそうではなく彼なりのポップ感を追求した結果だと思う。その証拠にジョンはビートルズ解散後にはソロでもポールばりなポップさを見せるのである。妙なコード進行や楽曲もあまり見られなくなるので、ビートルズ中期のジョンはポップ感を磨く途中だったと考えられる。しかしジョンのその中途感が唯一無二でが非常に面白い。ポールもおそらくそれを楽しんだのではないだろうか。実際ポールはジョンの作った「All You Need Is Love」「Happiness Is A Warm Gun」などの変拍子さえ直してていないのだから。

 このァルバム『SGT. Pepper's Lonely hearts Club Band』でも「Good Mornig Good morning」のように変拍子の曲や、「Being Fou The Benefit Of Mr. Kite」のよう妙なコード進行の曲で、ポールのベースが本領発揮しています。このァルバムは、信じられないことに4トラック・レコーダーで作られました。またシンセサイザーもまだありませんでした。そんな中での工夫は4トラック・レコーダーを2台連動させることでした。これが出来たのもビートルズならではだっただろう。ジョージ・マーティンをはじめ、これに関わった全てのアビイ・ロードの職員に拍手を贈りたい。


 しかし一つだけ残念なことがある。この時期にはまだステレオの定位が定まっておらず、今一歩納得できないステレオ定位が見られるのだ。この際、オリジナル音源まで戻った音つくりができるのだから、21世紀ミックスをつくってもらいたいものだ。