知らない方が幸せなのか、知っていた方が幸せなのか。

迷いに迷う人生の行きつく先は。

迷っても仕方ないのだから、自分が正しいと思う方向へ突き進むしかないのだろうけれど。


As if I think/believe everyone should or better know what is the truth.

As if I think/believe everyone better NOT know the truth.

What is the answer.

Where or how I will get some kind of satisfaction or convinved.

Until when I will suffer from this. forever?

Other than myself, who can bring me back.

Other than what I know now, what is the reason to live.

How can I make them up to.


Maybe I should disclose the other blog...


I am quite lost but I am going to do something to make things change and make things right.


取りあえず、寝なければ。


今回の災害で、多くの命が失われた。

何もできない無力さに、落ち込む。

同じ人間(人種)でも、地震後すぐに避難した人と、現地にボランティアで行った人。

私はというと、どちらでもない。

どこにも存在していない人みたいな気分。

+αで医者・看護師・自衛隊・シェフ etc。専門的職業でないからこその呪縛なのか。

何ができるのだろうと考える。


その前に色々してしまったことや起きたことを考えると、

自分が代わりになれていれば良かったのに、とふと思ってしまったりもする。

もしくは・・・などと、そう言ったところで、戻ってくるわけではないのであって。

心配してくれた人に申し訳のないことを考える。


とある本に書かれていたこと。


人間は、必ず死ぬもの。死ぬ日に向かって生きているもの。

人間という生き物は、他の動物と同じように、それだけがハッキリと分かっている。

その他のことは、何一つ分からないもの。

だからこそ迷うな、

迷えば迷うほどに【生】というものが、充実をしない。


私は死ぬときは死ぬと思って、日々を過ごしている。

だからと言って、実際にその局面に立たされた時、どうするのかは分からない。


私は今、迷っている。のだと思う。


今回の件で、期を逸したと思っていたことも、他の人に言わせれば

「Never too late」だそうだ。

行動に起こせば、後戻りはできない。


自分で自分を傷つける方向性なのかもしれない。

ただ、しなければ動けない気がする自分。

転機とは、はたして。

人の一生について、極めているわけでは全くないけれど、人生に模範解答はないのだから。

誰も分からないから。

ただただ、できること・すべきこと・したいこと・してあげたいことをするしかない。

日本で観測史上最大の大地震。

自分のいる東京は震度5だったよう。

会社から見える外の景色は、高速道路が紐か何かのように揺れていて、おもちゃのような世界。


揺れている最中を含め、あくまで「死ぬときは死ぬ」と思い、冷静にネットで現状確認と、現場のスタッフの安否確認をする。


慌てて帰宅にかかるスタッフを横目に、のんびり過ごしていると夕方に。

道順が分からないため、自宅が同じ方向のスタッフと、我が家を目指して歩くことに。

お茶したり休憩しながら、歩くこと6時間。

時速5kmという早いペースで帰宅。

同日中に帰宅→お風呂…はガスの復旧方法が分からず断念→就寝。

帰宅途中にも、色々な人から安否確認のメールや電話を頂いた。


週末には何もなかったように起きて、足の激痛とガスが通ってないことで、昨日あった事態を再認識。

友人から教えてもらい、ガス開通、ようやくお風呂。

そして久しぶりにテレビをつけて、あまりの悲惨な情景に目をそむける。

週末は予定通りに、人と会ったりと、あまり普段と変わらない生活。
なんだか、自分がどこにもいない人みたいな感覚。


月曜には、真っ先に逃げた上司からの携帯電話へメール

「自宅で維持して下さい」

「維持ではなくて、待機でしょ!」と一人でメールに突っ込みをして、布団へ戻る(苦笑)

どうやら駅は混乱の真っただ中だったようで、会社閉鎖で混乱した中での通勤を免れる。

その後、幾つかの安否確認メールや、本社の一時的関西移転の連絡に対応。

火曜の時点で、1週間ほど閉鎖が確定し、親からの指令により実家へ。


久しぶりの列車での帰省。

親は、昨年からの心配と今回の心配が積もり積もって、気を使われる。

その上、水や懐中電灯の手配までしてくれた。

うーん、心が痛い。


何よりきつかったのは、帰省中に入った親しくしていた方の悲しい知らせ。

「歳の離れた兄」と呼んでいた人が、地震の悲痛な知らせに胸を痛めつつ、この世を去ってしまった。

ただひたすら、涙が出た。

そんなことはお構いなしとばかり、その間にも余震で被災者は怯え、原発も危機的状況との報道。

あまり知られていないけれど、実家の原発もトラブルを起こしていたらしい。

どちらにしても、危険ではあったよう。


金曜日には、上司ではない人事本部長からの連絡により、翌週の神戸行きが確定。

週末に一旦、東京へ戻り、荷支度をする。


三連休が明け、会社でPCをとってから神戸へ、。

その日は、営業本部長と夕食で現状確認。

翌日には、アジアトップを迎えたりと大忙し。

夜は遠慮したけれど、2人になることが多かったため、色々話せてよかった。

その夜は神戸の兄と食事。

場報交換や人生相談?


一通り仕事を終え、最終日にはグループの社長のご好意でご自宅へお呼ばれ。

様子がおかしいと、ご心配いただいていたよう。

仕事についてのみ語る。

奥様とは深夜まで飲んで、色々話して。

とてもよくしていただき金曜には帰宅。


持っていったスーツケースの破損があって、ころころできないといった、トラブルもありつつ無事帰宅。

東京では、計画停電や原発の恐怖、続く余震と、大変だったよう。


今週は、あくまで自宅待機という形態をとりながらも、

出社指令が出たため、通常業務とはいかないまでも、することだけはある模様。

これからどうなるのだろうか。