今回の災害で、多くの命が失われた。

何もできない無力さに、落ち込む。

同じ人間(人種)でも、地震後すぐに避難した人と、現地にボランティアで行った人。

私はというと、どちらでもない。

どこにも存在していない人みたいな気分。

+αで医者・看護師・自衛隊・シェフ etc。専門的職業でないからこその呪縛なのか。

何ができるのだろうと考える。


その前に色々してしまったことや起きたことを考えると、

自分が代わりになれていれば良かったのに、とふと思ってしまったりもする。

もしくは・・・などと、そう言ったところで、戻ってくるわけではないのであって。

心配してくれた人に申し訳のないことを考える。


とある本に書かれていたこと。


人間は、必ず死ぬもの。死ぬ日に向かって生きているもの。

人間という生き物は、他の動物と同じように、それだけがハッキリと分かっている。

その他のことは、何一つ分からないもの。

だからこそ迷うな、

迷えば迷うほどに【生】というものが、充実をしない。


私は死ぬときは死ぬと思って、日々を過ごしている。

だからと言って、実際にその局面に立たされた時、どうするのかは分からない。


私は今、迷っている。のだと思う。


今回の件で、期を逸したと思っていたことも、他の人に言わせれば

「Never too late」だそうだ。

行動に起こせば、後戻りはできない。


自分で自分を傷つける方向性なのかもしれない。

ただ、しなければ動けない気がする自分。

転機とは、はたして。

人の一生について、極めているわけでは全くないけれど、人生に模範解答はないのだから。

誰も分からないから。

ただただ、できること・すべきこと・したいこと・してあげたいことをするしかない。