フェルメール「手紙を書く婦人と召使」 近くて遠い二人 | フェルメールの小部屋 The Art of Painting

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フェルメールの絵の謎解き(解釈)ブログです。

「手紙を書く婦人と召使」

 
●『手紙を書く婦人と召使』は、1974年と1986年の2回、盗難にあっています。
1回目の盗難の後、絵を修復した際に、手前床の手紙の側に赤い封蝋と黒いスティック状のものが下に描かれていたことが発見され、そのまま修復されて現在の絵のように表に出た状態になっています。
つまり修復されたことによって、下の部分が上に出てしまったので、フェルメールが描いた「はじめの絵」は現在の絵で、「完成した(終わり)絵」は、その2つを塗りつぶしていた状態の修復する前の絵ということです。

 

床にある手紙についてですが、終わりの絵から考えれば、女性が書き損じて投げたものか、先に届いた手紙を読んだ女性が、内容が気にそぐわず投げてしまい、手紙の送り主に返事を書いているといった解釈が自然です。
 
しかし、フェルメールは、はじめに赤い封蝋と黒いスティックを描いていました。
「絵画芸術」と「信仰の寓意」の絵から、はじめに描かれているものは完成した絵から見た時に過去であるということは、以前の記事で解説した通りです。
ですので、赤い封蝋と黒いスティックは過去にあたります。
 

赤い封蝋は、手紙が開封されたものであるという証拠になります。
女性が書き損じて投げたものではなく、開封して読んだ手紙を投げたという説が有力になります。
しかし、それだけでは黒いスティックの説明がつきません。
黒いスティックは、黒色のワックス(溶かして封印するためのもの)か、ワックスの上から押しつける判子のどちらかでしょう。
黒いスティックは手紙に封をするためのものであって、届いた手紙には必要ないものです。
まだ手紙を書いている女性が、封印するためのものを投げるとも思えません。
 
では、黒いスティックが床に落ちているのは何故か?
ここが、この絵のミステリーなところです。

 

この謎を解くカギは、「恋文」の構図

右はピーテル・デ・ホーホの作品です。

手前の部屋にほうき・バケツ・楽器があります。男性を慕っているメイドが手前の部屋から奥の部屋の二人を見ている構図です。

 

左の絵の『恋文』では、ほうき・スリッパ・洗濯物かごといったメイドのアイテムとともにメイド自身が女性と奥の部屋にいます。手前の部屋で二人を見ているのは、メイドではなく、女性に捨てられた男性の視点というのは、先回の記事にした通りです。

参考記事→「恋文」誰の視点?領域外の地図と椅子

 

『手紙を書く婦人と召使』でも同様に、テーブルのこちら側、青い椅子・床にあるものは別空間の男性側と解釈します。

画中画は「モーセの発見」

以下、旧約聖書の出エジプト記、第一章~二章を引用
エジプトの王パロは、「へブルびとに男の子が生まれたならば、みなナイル川に投げ込め。しかし女の子はみな生かしておけ」。
さて、レビの家のっひとりの人が行ってレビの娘をめとった。女はみごもって、男の子を産んだが、その麗しいのを見て三月のあいだ隠していた。しかし、もう隠しきれなくなったので、パピルスで編んだかごを取り、それにアスファルトと樹脂を塗って、子をその中に入れ、これをナイル川の岸の葦の中においた。その姉は、彼がどうされるか知ろうと、遠く離れて立っていた。ときにパロの娘が身を洗おうと、川に降りてきた。侍女たちは川辺を歩いていたが、彼女は葦の中にかごのあるのを見て、つかえめをやり、それを取ってこさせ、あけて見ると子供がいた。見よ、幼な子は泣いていた。彼女はかわいそうに思って言った、「これはへブルびとの子供です」。そのとき幼子の姉はパロの娘に言った、「わたしが行ってへブルの女のうちから、あなたのために、この子に乳を飲ませるうばを呼んでまいりましょうか」。パロの娘が、「行ってきてください」と言うと、少女は行ってその子の母を呼んできた。パロの娘は彼女に言った、「この子を連れて行って、わたしの代わり、乳を飲ませてください。わたしはその報酬をさしあげます」。女はその子を引き取って、これに乳を与えた。その子が成長したので、彼女はこれを娘のところに連れて行った。そして彼はその子となった。彼女はその名をモーセと名付けて言った、「みずの中からわたしが引き出したからです」。

 

どんなストーリーが込められているのか?

この女性は恋愛による恋文を書いているのではありません。
部屋の壁を大きく占める「モーセの発見」は、手紙を書く女性と召使の心を示しています。
二人の心は、幼い子どもの生死に関わること又はその行く末のことで心が一杯です。女性は子どものことで悩み手紙を書いているのです。手紙の相手は女性の夫です。

 

テーブルの手前(別空間の夫側)で、夫は青い椅子に座り、召使から受け取った妻の最初の手紙を読みます。手紙に綴られた切実な心の状態を知り、いそいで返事の手紙を書きます。しかし封をする際になって、手紙もスティックも床に払いのけます。夫は返事の手紙を送るのをやめたのです。そして席を立ち部屋を出ます。ここまでが過去です。
 
(フェルメールは、赤い封蝋と黒いスティックを塗りつぶし、手紙だけを残します)
 
夫からの返事が待ちきれない女性は、また手紙を書いています。
召使は窓の外を見て、内心やれやれといった風です。
手紙を読んだ女性の夫が、もうそこまで来ているのが見えたのでしょう。
夫は、手紙ではなく直接、妻と会って話そうと席を立ち、この部屋に向かったのです。

 

フェルメールのサイン

この青い椅子の手前に垂れ下がった布のようなものに、フェルメールのサインがあります。テーブルのこちら側の空間に座っていた男性はフェルメールで、手紙を書いているのは奥様のカタリーナをモデルにしたものでしょう。
 
この布(又は紙?)の上にサインを書くのは、「取り持ち女」でもありました。
青い椅子に座っていたのが、フェルメールだとする根拠でもあります。
 
 
何故、夫婦の間で手紙を書いているのか?
緑の大きなトロンプルイユのカーテンを描いたのも、これが彼ら夫婦の、しまっておきたいような過去の一幕だったからと想像します。
 
「天文学者」の画中画も、同じ「モーセの発見」になっていたのにも繋がる意味があります。
何故、手紙を書いているのか?
この続きは、次回の「天文学者」と「地理学者」で。