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今朝は朝から雨。
当然、我が家の主は車で出勤する気満々。ま、もう慣れましたw
今日も『うつ病と共に生きる時間』をまとめていきます。
こちらの続きです![]()
余裕がない時は無理をしない
これはうつ病や精神疾患の有無に関わらず言えることですが、人は(特に大人は)自分に余裕がなくても、つい頑張り過ぎてしまうことがあります。
そういう私も無意識に無理をしてしまった結果がうつ病と共に生きることになってしまったんですけどね。
何に対してもがむしゃらに、全力で、自分が無理をしている事にも気付かないでやり続けていた日々。その日々をおそらく脳がストップをかけていた時もあったと思います。それを私が見逃していた…その結果がうつ病という形で最終通告のように私を襲ったんだと今ならば冷静にそう感じます。
どんな人でもその人それぞれの「キャパシティ(収容能力や処理能力、受け入れ可能な限界)」があります。
人によってその限界は違いますが、多くの人が自分のキャパを過大評価しています。
「これくらいなら大丈夫」
という限界は、あなたが思っているより低いと思ってほしいです。
実際、私も自分の限界を過大評価していました。理由はとてもシンプルです。
限界を感じたことがなかったから「まだ大丈夫」だと信じて疑わなかったから。
そうなんです。人は「あなたの限界はここまでですよ」という明確な経験がないと自分の限界なんて分からないんです。だからこそ、腹八分目…ではないですけど、キャパ七分目くらいにした方が結果としてスムーズに事が運ぶということを覚えておいてほしいです。
少しでも「きついな」と感じた時点で一度立ち止まってほしいです。これは自分を甘やかすこととは違います。
その後、大事な時に動けなくならないための一旦休止です。
私は、この「立ち止まる」ことに罪悪感がありました。だからこそ、無理をしている事にも気付かず…いや、多分気付いていたのに気付かない振りをして頑張り過ぎていたんだと思います。
その結果が、現在に繋がっていることに後悔しています。後悔してもどうにもならないんですけどね。療養から1年半が過ぎましたが、診断された後もしばらくはこの罪悪感と闘っていました。
迷惑をかけたくないのに身体が動かない。
こんな簡単なことも出来ない自分が情けない。
相手が傷つくかもしれないのにその相手とコミュニケーションが取れず距離を取る自分への罪悪感。
などなど…。
診断されてもなお頑張ろうとしている自分が居ました。結果的にそうした感情が回復を遅らせていることに気付いたのは、本当に極最近です。
どうか、余裕がない時には無理をしないで心の声を最優先にしてください。
自信をなくさなくてもいい
精神疾患の厄介なところは、とにかくネガティブな考えしか出てこない時があるということです。
普段ならばサラッと流せる相手の言葉でさえ、自分が責められている感覚になります。
その会話を第三者が聞いていたとしたら、おそらく「あなたを責めている言葉ではないのに…」と感じるような言葉でもその言葉をまるで刃のように突き刺されたと感じてしまうことがあるんです。
これは、今でもあります。
相手の言葉をストレートに受け止められなくなっているんです。そうしたことが続くとどうしても自信をなくしてしまいます。
「迷惑をかけている」
「自分はダメな人間だ」
そんなふうに考えるようになり、それが酷くなると自分の存在自体を否定するような考えしか浮かばなくなってしまうことがあります。幸い、私の場合は、自分を否定したとしても何度も死の淵を経験しているせいか、自らその人生を終わらせようとは考えません。何度も助けてもらった命を自らの意思で終わらせるなんて失礼なことだと思っているからです。
でもこれはあくまでも私の場合。世の中には、こういうストッパーがない患者様もたくさんいらっしゃいます。自分を否定し、自信をなくし、存在を消してしまいたいと思ってしまう。そして、実際に存在を消す決断をしてしまう方もいらっしゃるのは悲しいけれど事実です。
もし、そこまで追い詰められてしまったとしたら、人生を終わらせる前に実践してほしいことがあります。それを実践してからでも決断は遅くないんです。
まず、
起きたら顔を洗い、鏡の中の自分を笑わせてみる。
それが出来ない日もありますから、笑わせるまで何度も挑戦してみてください。
そして、
今、自分が思っていることを声に出してみる。
誰かに伝えるのではなく、ひとりの時でOKなので、ハードルはぐ~んと低くなると思います。
最初はネガティブなことでも構いません。叫んでもいいんです。声を出すことで、負の感情が外に出ていきます。そのうち、ネガティブな言葉を耳にするよりポジティブな言葉を耳にしたいと思うようになります。そう思えるまで声を出し続けてみてください。
余裕があれば、
心が壊れる前に自分が好きだと思っていたことをやってみる。
おそらく自分を否定している時は以前好きだったことですら以前のように楽しめないと思います。それならば、今、目に映ったものに時間を費やせないかを考えてみてください。例えば、それが命を絶つものであれば、目に入らないところに片付けてください。あなたの存在を否定するものなんてないものにしていいんです。
最初は、鏡の中の自分を笑わせる、思っていることを声に出すことだけでいいです。それが出来た時、あなたの中の「否定」が「自信」へと変わっていると思います。自覚はなくてもそこには確実に「自信」が戻ってきています。だって、笑顔が出来て声に出して自分の気持ちが言えるんですから。もうそれだけでものすごいことをしているんです。
夫のサポート
私は、うつ病と診断されてからも生活スタイルは変えることが出来ない自分が居ました。
夫は働いてくれているのだから、負担をかけるわけないはいかない…とか、スムーズに仕事をしてもらうためには生活のリズムを私の都合で変えてはいけない…そんなふうに思っていました。
なので、突然動けなくなる自分のせいで朝食の支度が遅れたりしないように、普段より1時間早く起床して準備をしていました。正直、これはものすごく自分の中で辛かったです。それでも夫の生活リズムを崩さないようにという指令はずっと脳から受けていたため、「夫が出勤したら、心身を休ませればいい。それまでは頑張る」と言い聞かせながら動いていました。
もちろん、急に動けなくなるため今までより支度に時間がかかりました。それでもそれを見越して早起きしているおかげでなんとかいつも通りの時間に夫を起こすことが出来るようになりました。
本音を言うと、夫がひとりで起きてきてくれたら私の不安は少し消えるのにと思っていたのですが、それを何度も夫に伝えても変わらなかったため、伝えること自体に疲弊していったんです。
なので、夫への期待はしない方が自分の心のためだと割り切りました。もともと夫には何も期待していない生活だったこともその時に思い出しました。自分が弱っている時は、期待していなかった相手にさえ期待してしまうものなんだなと、ふとそんな自分に苦笑しましたけどね。
夫は夫なりに、サポートはしてくれています。例えば、私が行けなくなってしまったゴミ捨て。これは今でも続けてくれています。なぜかゴミ袋を縛ることさえ出来なくなっている私に変わってゴミをまとめ、口を縛り、捨てに行く。
それだけでも私は助かっているんだと気付いてからは、起こすことくらい頑張らなくちゃと思うようになりました。
よく、ネット上での体験談などにはかなり美談が掲載されていることが多いですが、実際にそんな全面的にサポートしてくれる伴侶がどれくらいいるかと調べることが出来たら、おそらくそんな美談は一握りなんじゃないかって思うんです。
ひとつでも自分が出来なくなったことをやってくれていれば、それはもうサポートなんです。
それくらいの気持ちでいないとね。
話しを聞いてくれる相手がいるだけで救われる
次回は、伴侶以外のサポートについてまとめていきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
他人事ではなくなった病(全10回)も併せてお読みいただけると幸いです
