ひとりの男が、車のドアを開けて、後部座席に乗り込んできた。
刑事なのか。
私服の警察官だった。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」
楓は、うなずくのが精一杯だった。
「通報したのは、お嬢ちゃんだね。」
もう一度うなずいた。
「事故だったんだって?」
えっ?
「示談にするから大丈夫やって、相手が言うとるんやけどなぁ。」
はぁっ?
顔を上げて、車の外を見た。
さっきまで暴れていた男たちは消えていて、20代半ばの大柄な男がひとり、数人の警察官と話をしている。
事故?
示談?
「ちがう・・・ちがう・・・」
「こんな時間にこんなとこ通りよったら、いかんわな、君たちも。
学生やろ?
こんな遅くまで、女の子が夜遊びしとったら、いかんよ。」
そう言って、刑事は外に出た。
何がどうなってるのか、さっぱり分からない。
でも、そのとき見てしまった。
さっきの刑事と大柄な男が、まるで古くからの知り合いであるかのように話していた。
おかしい。
何かがおかしい。
外で警察に事情を聞かれていた時田が、車に戻ってきた。
「あの男、どうやら暴走族のOBみたいやな。
あの連中の誰かが、呼んだんやろう。
警察に顔が利くらしい。
昔から悪さして、何度も捕まってるからな。
あいつ、警察に、事故だから話し合いで解決するって言いやがって。
車のガラスも弁償するし、示談で済ませるって言うとるんや。」
「勇作は?勇作はどうなるの?」
「あいつは怪我してるから、どこかに連れて行かれたんや。
あの怪我を見たら、事故だなんて言えんやろう。」
「でも、事故じゃないわ。おかしいじゃない!」
「俺も何度もそう言ったけど、どういうわけか、警察はあの男の言うことしか聞かんのや。」
「そんな・・・」
「俺らが騒いだら、勇作の居場所を教えないって言うんや。
だから、何も言えんかったんや。
楓、ごめん。
でも、勇作はちゃんと返すって言ってるから大丈夫や。」
パトカーは1台もいなくなり、警察はみんな引き上げてしまった。
暴走族のOBらしい男が、車に近づいてきた。
「お~悪い悪い。なんか、行き違いがあったようやな。
もうすぐ、あいつをここに連れてくるから。
心配せんでいい。」
~つづく~