母と同じ | one day surely

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歯科衛生士と大家さん兼業のママの毎日





今日のニュース




母も前頭側頭型認知症でした

今は国の難病指定もされていますが

母が亡くなってからの話です




ブルース・ウィリスさんも最初は失語症からとのことでしたが

母も同じく最初は緩徐進行型失語症という病名で

言葉が出にくくなる症状のほか

感情の起伏が激しくなり

今まで見たことないような怒り方をしたりするのですが

所謂認知症に見られる症状はあまりなかったように思います




でも、日付や曜日の感覚はなくなっていたし

同じものを何度も買ってきたり

買い物のあと野菜と一緒にお財布も冷蔵庫に入れてしまったりはありました




もう20年以上前の話だし

それから進行して周辺症状が激しくなるにつれ

家族みんなただ日々を追いかけていくので精一杯だったので

あまり正確な記憶も記録もない




言葉は次第に音は出ているけど

意味をなさない異国の言葉のようになっていき

最終的にはなにも話さなくなりました




最初に通っていた大学病院では

ただ毎回認知症のテストが繰り返され

データ収集されているだけで

処方はアリセプトのみ




治療法も薬も選択肢がないから仕方なかったけど

アリセプトで興奮状態になり

母が母でなくなることに何度泣いたかわからない




だからブルース・ウィリスさんのご家族の気持ちはとてもよくわかる




途中からはもう大学病院にも行かなくなり

まだ日本では認知症への適応が認められていなかった薬を海外から個人輸入したり




症状に合わせた薬の処方をして

なるべく本人も家族も苦しまないように寄り添う治療をしている名古屋の先生にメールで相談したり



良いと思われるサプリメントや健康食品をこれでもかと父は買い続けたけど




症状は止まることなく進んでしまいました




外食しないとごはんを食べてくれなかったり

出かけたらなにかを買わないと帰れなかったり

待つことができず怒り出したり



当時1〜2歳だった息子より手がかかる子供みたいな時期もあったな

母の症状を理解してくださっているお店が何軒かあったので

すぐに食べられるものを出してくださったり

可愛い動物動画は割と見てくれたのでお店にはいつもDVDプレイヤーを持っていっていた




今ならYouTubeで済んだのに(笑)




進行してからは外での飲食はできなくなり

代わりに一日中同じルートを何十周も歩きつづける

周徊が始まり

たまに自動改札機を突破して電車に乗ってしまう母を追いかけ回ったり



出先でカバンを全部置いてきてしまうことも多く

あちこちに取りに行ったり




尾行に気付くと激ギレするので探偵並に隠れながら追った日もあったなー




当時は育児しながらだったし

途中から俺様とも別居したり

自分もメンタル壊れたり




こうして書き出すと悲惨な話ばかりだけど

笑う日もあったし

母が歩くことができなくなってからは

辛かったけどあの頃に戻って欲しいと思うことすらあった




どんな姿を見せられても

それは病気のせいで母はなにも悪くない




最後の1年はよく枕元でひとりごとのように

いろんな話を母にしていたな…



たまにピクッと身体が動いて

頷いてくれたように見えるとそれだけで涙が出るほどうれしかった




手の温かさだけでどれほど励まされ癒されたことか




きっと今はブルース・ウィリスさんもご家族も辛い気持ちが強いかもしれないけど





いつか全て静かな世界になる

体温だけで会話をするようになって

言葉がなくても愛を感じる時間が必ず来るから

大丈夫と言いたい





あーママに会いたくなっちゃった