一流は流れ分けずと道をゆく自然なる流れを分けて二流かな | 太陽王法の会
一流とは一つの流れ、その流れに乗って一となりたるゆえに一流となる、その流れを二つ、三つと分けて対立したり争ったりしている相はもはや一流のものではない。一流はその流れがやがて大海へとかえる事を知り、全て一となる事を知っているが、流れを分ける者達にはこれが理解できない、ゆえに二流であり、三流なのである。たとえば宗教の世界、その真理とは一つの流れ、一流である、それが理解できず、宗教をあれとこれと分けて争っている者ども、対立している者ども、みな二流、三流である。一流は一つの流れを知っているから大きく道をゆく、自然の流れを分けて迷っているから二流と言うのである。


太陽の法嗣

大日天光子

合掌