『善悪自然体に知る』
善と悪を端的に一言で申すならば、真理と自然にそうて生きる事が善であり、それと反して生きる事が、悪とつながるなり!
ゆえに自然体の善こそ大切なりと説き、無為の善、無為自然の善を説くのである。
当たり前に正しく見て判断選択なして正しく生きる事であり、正しくないことは、心がそれを教える事こそを知ることである。
心は心が正すなり!
ゆえにその正しい営みに反するとその心は、心を正すのである。
ゆえに苦しみとは、またその心を正すために生まれくるのである。
その心よく善と悪を正すゆえに、心こそよく聞く事なり。
自然体の善を悟れば、その自然の営みを知り、大いなる世界また開かるなり。
そこに真理は大きく開かれるのである。
太陽の法嗣
大日 天光子
合掌