除闇遍明の釈・悟りと心の道 | 太陽王法の会


『除闇遍明の釈・悟りと心の道』

あるべくしてある本来の心、本性を仏性と言うなり。金剛堅固自性心これなり、正法心これなり、教令心またこれなり。

その本来の自分に帰る事を仏法と言うなり。

本来の心とは、本性これなり、本性とは仏性これなり。本来心とは源(真理)の本より来たるものにして、如来心これと言うなり。

(宗教とは)

宗教は全てに道を示して、道徳的理念を与えるものである。世界の道徳が乱れたる時、真理たる太陽は自らの真実をあらわしめて世界を導く大導師を生むのである。

そこに説かれる教えはゆえに、全てにおよぶものであって真実の命の教えであらねばならない、ひとつの国、ひとつの宗教、ひとつの民族、ひとつに偏りた主義、思想では無く、ひとつの団体に固執するものでも、拘泥するものでも無い!

そのような事は、真実の宗教においてはあってはならない事だからである。

大いなる真理に添って、全てに道を示してその真実道理に依りて、道徳的理念を広く全てに与える!

それこそが世界の道徳の乱れを正しめる太陽の意思であり、そこと実と生まれた者の意思となるからである。

ゆえに一切に片寄らず、全てに対して平等に教え示せずして、その者を真実たる太陽の法を説きあらわしめる者とは言えないのである。

(人の世を救うには)

人の世を救うには、全ての人々の無知こ
そを払い滅する事である。

この無知を払わずして真実の救いは完成しないのである。

ゆえに私はその無知を気づかしめて、真実の智慧ある命と全てを帰さんと成すのである。

世界の子供達の未来の為、この子供達を幸せに守れる世界を作りなさい!

そして私の教えを天地に満たす事です。

世界の子供達が皆幸せになれば、世界は確実に平和になり、明るい光に包まれるのであるから。

全ての子供達に幸あれ、そして全ての人々よ、覚めよ!

その無知を払いて光明の智慧ある命と気づき帰り、生まれ、死して、生まれる命の道こそ覚め、光明の世界とこの世を帰しなさい。

これが私の祈りであり全ての真の救いの道と教えるのである。

(今の世に真実の太陽の法、偉大なる救世主の法を実と説く者は私以外存在しない事を知る事なり!)

自ら音声と発して説法これのなさぬなり。

その無言説法尊きも、衆生にそれの解せぬなり。

私はゆえに人身生身をもって、大日如来の説法をなすと知る事なり!

私の説法、響音十方響流にして、天鼓の如しと知る事なり。

この天鼓鳴るとき、一切の衆生を驚覚せしめて、大の智視と生みゆくなり!

ゆえに一切の友は、これを自らの命と聞けと教えるなり。       

(一切清浄)

一切はその本性において清浄なり。

その本性において清浄なるがゆえに一切
これ清浄なり。

されば表面の無明、無知なるがゆえに迷い汚して生きるなり。

迷い汚すゆえにこれ洗われるなり。

されば一切は洗われ、払われ、清められているなり。

汚すゆえに洗われる、この一切の内なる本性の働きにおいて、全てまた清浄なると教えるなり。

世界全てと自らの一命の上にこれを読めとは教えるなり。

一切はこれ本性清浄ゆえにしてまた、清浄なり。

汚し生きれば、必ず払い清められ、洗われゆくと知る事なり。

この本性の清浄と、清浄とかえす働らきとを衆生はその命の内と外、全てに読めと教えるなり。

その上でよくこの清浄の原理と覚めて、自らのその心こそを清めて生きよと教えるなり。

『一切法、空なるがゆえにこれ清浄なり、本不生本際においては、本性本質にしてこれ清浄なり。

法は無我にして経蔵は空なり!

全一切法、全一切経これみな清浄なり!)

私の教えは全て汝等一命一心の教えと知る事なり。


太陽の法嗣

大日 天光子

合掌