昨日も九十九里の海岸を散歩した。ハシビロカモの一群がこの日も北帰行の休憩地としていた。例年だと1週間は続く。

時節柄これだけは触れておきたい。アメリカが引き続いて中東地域へアクションを仕掛けている。先週、42機の大型輸送機を動員し中東の4カ所の米空軍基地への輸送任務を遂行した。イランの弾道ミサイルとドローンに対処した処置であろうと思われる。インド洋には空母機動部隊が配置についている。作戦内容は推測できないがトランプ大統領お気に入りのヒットエンドラン攻撃になるのだろう。米海軍とイスラエル海軍との合同演習が紅海で行われているのでおおよその見当はできるがフェイントの可能性もある。

さてイランについて触れてみたい。昨年末の大規模なデモにはSNSでも話題になった。イランは多民族ではあるが国民国家として結束力が強い。民族的境界線をイメージしたり、経済的な困窮と分析するのは少しお粗末と云いたい。そこには宗教であるイスラム教シーア派「コムの神学校」の教えが強烈に浸透している。シーア派はイスラム教の中でも迫害されてきた歴史がある。皮肉にもユダヤ教と似た歴史観が深く根付いている。仮にイスラエルと同等の軍備を持てば中東の覇者であり得るくらいの結束力がある。

昨年末のデモの主力は、体制転覆ではなく権力に腐敗が蔓延し、結果としてイスラエルやアメリカの攻撃に無力であったこと、その為に人々がこれまで我慢し耐えてきた苦労が水泡となった。体制の危機管理能力の無さへの怒りの行動であった。各主要都市で保守派のデモが自発的に発生したことは、イスラム革命以降初めての出来事といえよう。現政権と超保守派(革命評議会)との話し合いが進められている。2月17日から3月19日までが断食月(ラマダーン)となる。その前に国民的和解を成立させなければならない、それは宗教としての必然があるからだ。放置すれば第2の宗教革命に発展する。もっと厄介になる。アメリカは現政権と革命評議会の心の中まで読み解いているだろう。

イランから離れて20年近くになるが、イランの政治文化は時間が止まったままであると思っていたが「ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」というメッセージが発信されたということだ。

政治課題はしばらく休む。

この20年余りSNSへの書き込みは封印してきていた。理由は一般化したことでSNSの表現が乱暴になってきたからだ。この乱暴な表現の極みはトランプ大統領であることは言うまでもない。しかし言葉の表現力は別にして発信している内容は、裏表のない包み隠さない率直な彼自身の憂慮からきているものだと受け止めている。20世紀では下品と嫌われていたであろうトランプ節が、現代では品格で門前払いしたり排除したりすることが無くなった。まさに配慮しない表現が排除されなくなり、つまりは免疫力が社会に備わったということであろう。良し悪しの評価は別にして、私の日常表現は未だ20世紀である。

トランプ大統領の強烈な排除の表現として「左派」批判がある。民主党政治の「いい子ちゃん主義」への「今更何を言っているのだ」という批判だ。トランプ大統領の偉大なアメリカの復活とは、言葉の通り過去への執着でしかない。誰もが「昔は良かった」と回想する。そこに思想はない。

日本はどうか。右翼とか左翼とか排除の論理として復活してきている。言葉の語源はロシア革命に遡るが、大きく脱線してしまうので掘り下げない。保守とかリベラルといった思想的な背景はなく、サル山で序列確認をして自己満足しているにすぎない。

戦後40余年昭和の時代。自民党は右派、社会党・共産党は左派と色分けされてきた。内実は旦那衆と業界が応援した自民と労働組合が応援した社共という構図であった。昭和から平成になると旦那衆は没落し労働組合は衰退した。そこで自民党は左派の政策を取り入れながら「いい子ちゃん主義」政党へと切り替えをしてきた。かつての社共の流れを組む野党は労働組合に依存したままであった。今回の総選挙で大差がついたのは、必然といえばその通りであろう。

20代の時に非核市民運動の事務局長を努めたことがあった。その発起人の一人に戦前の右翼活動家中野正剛氏の御子息に協力を頂いたことがある。そのことに街の旦那衆は驚愕していたが、見識豊富な思想家は客観的な現状分析ができ、柔軟な判断の持ち主であったと深く感銘したものであった。右派は柔軟である。左派は頑なである。これまでの自民党は柔軟であった。しかして過去に執着し現状を客観的に分析できなければ未来は衰退する運命にある。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」今日はこれまで。

千葉県東部には丘陵地はなく標高50m程の北総台地が広がっている。その一画に東庄県民の森がある。自宅から車両で10キロ程走行する距離だ。ここのトレッキングコースは岬のようにせり出した尾根から階段状に登り降りする少しきつめのセッティングとなっている。短時間で運動をするには最適な環境といえる。

その県民の森の東側に「八丁堰(夏目の堰)」がある。一辺が約350mと230m程(面積は八町歩)の概ね長方形の貯水池である。冬になるとこの池に水鳥が飛来する。お客さんは主にマガモとコハクチョウだ。そのうちのコハクチョウが10日に数羽(6羽を確認)を残して北帰行したようだ。先週の金曜日には500羽(概算である。満員電車のような混雑であった)程がひしめいてた(通常、多い時でカウントして300羽程であった)のだが、白色の水鳥で占拠されていた水面は全てカモに模様替えしていたのだ。

東京からコハクチョウを観察に来たという野鳥愛好家の方に、先週末の規模を紹介し北帰行したようですと説明したところ非常に残念がっていた。残留組のコハクチョウと周辺の葦原には数えきれない程の野鳥がいるので、そちらも観察してください。

県民の森の野鳥談義(へたの長話)になってしまった。