移動の手段としてクロスカブ110(原付2種)を利用している。離職する前は自転車販売店に勤務していたこともあり、とあるニースがあったのでこの事件について触れてみたい。

東村山のバイクショップの経営者が逮捕された。客のバイクを無断で売却した。被疑者は事実と認めている。被害総額はおよそ5千万円に及ぶとの報道であった。

代金を受け取りながら商品を渡さないのは詐欺に問われる。リアル店舗の看板を出しているのだから、客に落ち度は全くない。バイク業界の経営が厳しいのは承知している。趣味性の強い自動二輪は基本的に需要が激減している。

コロナ禍で一時的に売り上げが伸び規模拡大に舵を切ったリアル店舗は今まさに四苦八苦の八方塞がりであろう。

だからと言って犯罪行為は許されない。被害総額5千万円という金額を検証してみたい。逮捕のきっかけとなった120万円相当のバイクで計算してみる。第一の被害者は所有者となる。第二の被害者は業者オークションで仕入れた販売店である、第三の被害者はその販売店から購入したユーザーとなる。第二第三は想定の話だ。民事上は不当利得行為となる。したがって第一の被害者にバイクは返還される。第二、第三の被害者はまる損となる。第三の被害者は第二の販売店に返金を求める。第二の販売店は逮捕されたバイクショップの経営者に返金を求める。合計5回の損失が発生することになる。総額は600万円となる。

この場合、第二は第三へ返金し重複した被害者となる。同業者の負のスパイラルだ。そもそもお客のバイクを勝手に販売してしまうという行為が存在してはならない。モラルの欠如も甚だしい。

そうなると逮捕されたバイクショップの店長が取得した金額は1000万円にも満たない。運転資金に行き詰まり銀行融資が無理ならば廃業を選択する勇気が必要だ。刑務所から立ち直るよりハードルは低い。

七転八倒、失敗は成功の元、芸は身を資(たすく)、日々の苦労を水泡としないために撤退する勇気も大事だ。

昨日も九十九里の海岸を散歩した。ハシビロカモの一群がこの日も北帰行の休憩地としていた。例年だと1週間は続く。

時節柄これだけは触れておきたい。アメリカが引き続いて中東地域へアクションを仕掛けている。先週、42機の大型輸送機を動員し中東の4カ所の米空軍基地への輸送任務を遂行した。イランの弾道ミサイルとドローンに対処した処置であろうと思われる。インド洋には空母機動部隊が配置についている。作戦内容は推測できないがトランプ大統領お気に入りのヒットエンドラン攻撃になるのだろう。米海軍とイスラエル海軍との合同演習が紅海で行われているのでおおよその見当はできるがフェイントの可能性もある。

さてイランについて触れてみたい。昨年末の大規模なデモにはSNSでも話題になった。イランは多民族ではあるが国民国家として結束力が強い。民族的境界線をイメージしたり、経済的な困窮と分析するのは少しお粗末と云いたい。そこには宗教であるイスラム教シーア派「コムの神学校」の教えが強烈に浸透している。シーア派はイスラム教の中でも迫害されてきた歴史がある。皮肉にもユダヤ教と似た歴史観が深く根付いている。仮にイスラエルと同等の軍備を持てば中東の覇者であり得るくらいの結束力がある。

昨年末のデモの主力は、体制転覆ではなく権力に腐敗が蔓延し、結果としてイスラエルやアメリカの攻撃に無力であったこと、その為に人々がこれまで我慢し耐えてきた苦労が水泡となった。体制の危機管理能力の無さへの怒りの行動であった。各主要都市で保守派のデモが自発的に発生したことは、イスラム革命以降初めての出来事といえよう。現政権と超保守派(革命評議会)との話し合いが進められている。2月17日から3月19日までが断食月(ラマダーン)となる。その前に国民的和解を成立させなければならない、それは宗教としての必然があるからだ。放置すれば第2の宗教革命に発展する。もっと厄介になる。アメリカは現政権と革命評議会の心の中まで読み解いているだろう。

イランから離れて20年近くになるが、イランの政治文化は時間が止まったままであると思っていたが「ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」というメッセージが発信されたということだ。

政治課題はしばらく休む。

この20年余りSNSへの書き込みは封印してきていた。理由は一般化したことでSNSの表現が乱暴になってきたからだ。この乱暴な表現の極みはトランプ大統領であることは言うまでもない。しかし言葉の表現力は別にして発信している内容は、裏表のない包み隠さない率直な彼自身の憂慮からきているものだと受け止めている。20世紀では下品と嫌われていたであろうトランプ節が、現代では品格で門前払いしたり排除したりすることが無くなった。まさに配慮しない表現が排除されなくなり、つまりは免疫力が社会に備わったということであろう。良し悪しの評価は別にして、私の日常表現は未だ20世紀である。

トランプ大統領の強烈な排除の表現として「左派」批判がある。民主党政治の「いい子ちゃん主義」への「今更何を言っているのだ」という批判だ。トランプ大統領の偉大なアメリカの復活とは、言葉の通り過去への執着でしかない。誰もが「昔は良かった」と回想する。そこに思想はない。

日本はどうか。右翼とか左翼とか排除の論理として復活してきている。言葉の語源はロシア革命に遡るが、大きく脱線してしまうので掘り下げない。保守とかリベラルといった思想的な背景はなく、サル山で序列確認をして自己満足しているにすぎない。

戦後40余年昭和の時代。自民党は右派、社会党・共産党は左派と色分けされてきた。内実は旦那衆と業界が応援した自民と労働組合が応援した社共という構図であった。昭和から平成になると旦那衆は没落し労働組合は衰退した。そこで自民党は左派の政策を取り入れながら「いい子ちゃん主義」政党へと切り替えをしてきた。かつての社共の流れを組む野党は労働組合に依存したままであった。今回の総選挙で大差がついたのは、必然といえばその通りであろう。

20代の時に非核市民運動の事務局長を努めたことがあった。その発起人の一人に戦前の右翼活動家中野正剛氏の御子息に協力を頂いたことがある。そのことに街の旦那衆は驚愕していたが、見識豊富な思想家は客観的な現状分析ができ、柔軟な判断の持ち主であったと深く感銘したものであった。右派は柔軟である。左派は頑なである。これまでの自民党は柔軟であった。しかして過去に執着し現状を客観的に分析できなければ未来は衰退する運命にある。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」今日はこれまで。