昨日は春一番が吹いた。強い南風は前の晩から音を響かせていた。気温は春を越えて一気に初夏となった。そうはいっても2月はまだ冬で、千葉県の北東部では乾燥した大地に雨水が浸透しだすと本格的な春が来たとなる。1月下旬ころから咲きだした梅の花は、昨年よりも1週間早く満開となった。今年もまた厳しい暑さを予感するような、複雑な春の訪れといった感想だ。

いつもの「八丁堰(夏目の堰)」では、コハクチョウが4羽だけ残っていた。カモの群れも小さくなっている。渡り鳥が北帰行するには南風という追い風が必要だ。トレッキングの合間に水鳥を双眼鏡で観察する。冬の日課もそろそろ終わるころでもある。水鳥観察小屋という建物がある。少し高い場所にあり堰の全景が望める。そこに頭のないカモが転がっていた。22日のことだ。ネコの食べ残しである。おおむね突風に煽られ障害物に激突し、翼が折れて飛べなくなったカモをネコが偶然に見つけたのであろう。ネコにとっては遺失物を拾ったというイメージになる。「棚ぼた」こういう場合は家に持って帰らない(ネコババをする)。初めから狙った獲物であれば家に持ち帰り「どや顔!」して自慢する。発見した場所は開けていたはずで、カラスに奪われないように木の茂った場所に運ぶ。まずは首に噛みついて窒息させる。そして食べ始めるのだが、ネコの口の大きさには限界がある。そう頭と首までしか口に入らない。猛禽類とは違い羽根をむしることはできない。したがってあのカモの残骸はネコが殺害した犯人だといえる。昨日その残骸は消えていた。カラスが証拠隠滅したようだ。

1月には野鳥広場をみわたす開けた森の地面に、コハクチョウの羽根がサークルを描くように散在していた。猛禽類オオタカに仕留められたようだ。

ちなみに私が生まれる前の話(昭和20年代)になるが、飼いネコが冬の早朝にカモを獲ってきて必ず家の中で放したという。カモがバタバタと飛ぶのを家人が捕まえて家族でゴチになった。ネコには首(セセリ)と頭(カシラ)を褒美とした。シーズン最多で5羽も獲ってきたという。ネコは恐るべきハンターだ。

昨日は3連休のなか日。朝食のともにしている「奈良漬」を買い求めに行くことにした。道の駅「発酵の里神崎」へクロスカブでバイクツーリングと決め込んだ。神崎(こうさき)町までの距離は40Km。佐原(香取市)から国道356号線のスーパー堤防区間に入ると、休日ということもあってバイクツーリングと頻繁に出会う。左手を挙げてイェーィのサイン交換であいさつを交わす。特にカブと出会えば互いに大きく手を振る。渋滞せずに巡航で走れて片側一車線の線形の良い道路、湖畔周回道路、スーパー堤防を走るときのサイン交換はライダーのたしなみのようなものだ。昨年の5月、琵琶湖湖畔を走ったとき、圧倒的に内回りを走るバイクに対して、一人外回りを走っていて、30分程サインを出しっぱなしとなり手が疲れて休憩したことがあった。かっ飛ばすことがクールな時代ではない。このサイン交換、左手はハンドルを握っていないので、安全運転義務違反で取り締まられるかも。車では絶対にあり得ない空気、後続のドライバーはどう思のだろうか。実は自転車にも共通した空気が少し残っている。

帰り道は正午も過ぎ曇り空で風も強まってきたので、香取神宮に寄って休憩・参拝していこう。ところが何と渋滞している。お正月の初詣の時と車列の端は同じだ。バイクの駐車場を見れば隙がない。スルーして自宅へ直帰とする。対向車線は佐原/香取IC料金所の先まで車列が続いていた。勝負の神様香取神宮は商売繁盛だ。お正月の時は、特設の臨時駐車場があるのだが、これは想定外だ。

奈良漬は仁勇(ジンユウ)という酒蔵の国産材料で造ったこだわりの漬物だ。奈良の宿で奈良漬を食べたとき「これ仁勇じゃねぇ?」と思わず舌が反応した。「発酵の里」機会があれば立ち寄ってみるといい。甘酒もまた「人気商品」となっている。

昨日の続きだ。問題は健康診断にあるとした。

健康診断の表向きの目的は、早期発見、早期治療となっている。職場では労働安全衛生法に基づき強制力をもって実施している。会社が注視するのは、業務が主な原因となる健康被害にある。業務に関連しない疾病は別扱いだ。

 

この健康診断にプラスしてメタボ検診が追加された。すでに四半世紀になる。健康増進法が整備され生活習慣病という言葉が浸透した。結果としてサプリメント市場は急拡大した。しかし職場の健康診断の目的は今も変わらない。健康診断に基づく健康増進の対策は求められていない。あくまでも個人の意思に任せている。これからも自己責任でいいのかという問題だ。

 

一般的な感覚からの発信とする。

職場で定期検診を受けている労働者には疑問があった。健康増進と日常業務とのバランスが難しいということだ。通勤時間も含めれば1日の半分は仕事の時間になる。帰宅ついでにスポーツジムというルーティーンは無理といえる。趣味にスポーツを取り入れても月に1~2回程度。しかも天候に左右される。気が付けば思ったように体がきれないし、求めるハードルも見えない。悲しいことに運動による改善といっても継続しなければ効果が薄いのは承知の事実だ。

生活習慣病の大きな原因は運動不足だ。

「エレベーターを使わずに階段を」と指摘するができるならやっている。休日を増やすとか労働時間を削減する!賃金が同じなら前向きに考えてもいいが、会社の答えは変わらない。なぜできないのかといえば、「労働と切り離して」考えるから無理という結論に落ち着く。

 

であるならば継続的な運動を労働時間に組み入れることが解決方法となる。従業員の健康を考えている!というなら将来的な人材確保も兼ねて企業は積極的に導入すべきだ。具体的な提案をする訳ではないが、有酸素運動が最も適している。プログラムは多岐にわたるので機会があれば提案していきたい。

 

政府・厚労省が目標としたのかは不明だが、健康は大きなビジネスになっている。次の四半世紀で生活習慣病という言葉が死語となる時代を目指してほしいものだ。健康診断はサプリメント業界を成長させてきた。次はファーストフードやコンビニ弁当でも健康食がチョイスできるようになるだろう。健康診断が社会とリンクする。企業もオフィスの一画に有酸素運動ゾーンを設けるのがトレンドとなる。そんな社会をイメージしてほしいものだ。

 

結論に導きたい。

高齢化社会というのは要介護の高齢者が増大するという負のイメージがある。しかし医療が発達し持病の服薬程度で体が動くなら、高齢者も社会の一員としての役割を果たすことができる。体力があり筋力があれば疾病から回復し、余命を自立した生活で過ごすのは可能だ。

 

私の父親は96歳で余命を終えた。2週間前まで自立した生活をおくっていた。持病をかかえていたが80歳を前にウォーキングを始めた。最初は犬と一緒だった。犬は先に寿命を迎えた。そこでウォーキングシューズではなくランニングシューズを勧めた。足が軽くなった。90歳になりトレッキングポールを持たせた。足取りが軽やかになった。しかし病気知らずではなかった、救急車は6回ほどお世話になった。でも復活して日常に戻った。趣味の旅行も95歳まで続けた。私とは94歳の時に新幹線で仙台・山形の牛タン・芋煮旅行が最後だった。葬儀のあいさつで「私には、こういう生き方はマネできない」といった。

 

私もスポーツを日常に取り入れている。令和元年には四国遍路を自転車で結願した。63歳であった。その後トレッキングに変更している。スポーツは集中力を持続することができる。体力も極端に落ちない。68歳の時には原付二種のカブで一般道を使って西国33観音巡礼もしてきた。持病はあるが生活習慣病はない。67歳で仕事をリタイアし年金生活は厳しいが不満を発信するのは愚の骨頂だ。身の丈の暮らしをすればよい。

 

持病はあっても自立して体が動くことは高齢者の余命の過ごし方を左右する。いまさらという要介護予備軍は大勢いる。しかし、このままでは共倒れの高齢化社会という不安がつのるばかりだ。社会保障・介護保険が、かゆいところに手が届くというのは嘘八百で、「自立できなければ生き地獄を見る」と正直に伝えるべきだ。企業としても、そして政府・厚労省も、現役世代からの健康増進を真剣に考えてほしい。介護はカウントダウンがスタートした時で・・・が理想だ。

私のスタイルは極端だ。個人の決意だけでできることではない。しかし運動を軽視してきたことによって、悲惨な末路をたどる同世代が出始めている。この先10年から長ければ20年は余命があると仮定した場合、この人々の人生はこれでよいのか。改めて考えさせられる。