エプスタインファイルが西欧の富裕層や王族を揺るがしている。何しろ1000人を超える女性たちを性奴隷にしたという悍ましき事件だ。エプスタインと交流があっただけで疑念が持たれるのは必然のことかもしれない。

カリブ海プエルトリコの小島、ニューメキシコ州のゾロ牧場が主な現場となった。ファイルだけでどこまで事件を解明できるのか、多くの被害者が勇気をだして告発するしか策はないのかもしれない。

 

以下、乱暴な王様をなだめる物語だ。

中世ペルシャの説話をもとに中東地域の説話を16世紀のカイロでアラビア語に編集された「千夜一夜物語」は、登場人物の豊かな感情表現に魅了され多くの人々に親しまれてきた。

現在の中東というと危険極まりないイメージだが、千夜一夜物語に登場する人物の、かもしだす宝石箱のような感情表現は、今でも人々の心のなかにしっかりと受け継がれている。

 

「インドとシナを支配するシャハリヤール王は、妻をめとるごとに一夜を共に過ごすと翌日には殺してしまう。それを3年間続けたため人々は怯え、若い娘は都市からいなくなってしまった。なぜ残虐な行為を繰り返したのか?。その発端は王妃の裏切りにあった。妻の不倫を知ることで世の中の女を信じられなくなった。いよいよ王のもとへ連れて行く娘が一人もいなくなった大臣は、自らの命も危険にさらされることになる。その姿を見ていた娘のシャハラザードは、父の反対を押しきって、自ら志願し王妃となった。王宮に赴いたシャハラザードは、計画通り宮中に呼びよせた妹にせがまれて、王の前で「商人と魔王の物語」を語りはじめた。ちょうど話が佳境に入ったところで夜明けになり彼女は話を打ち切った。その話があまりにも面白かったので、王は殺すに殺せなくなった。こうして一夜、また一夜と物語はつきることなく続く。」

王をとりこにした千夜一夜物語はこうして始まる。

 

今でも中東の多くの女性は全身を覆う。ベールから輝くその澄んだ瞳が強い印象を与えてくれる。ベール姿の女性は美しいのか、若いのか、年寄りなのか、嬉しいのか、悲しいのか。ベールに隠された中東の女性は謎めいて見える。

千夜一夜物語に登場する女性たちはベールが取り払われて生き生きと描かれている。男が完全に魅了される色彩兼備の女性から、醜悪(しゅうあく)な悪女まで様々な女性が登場する。ルネッサンスの基礎となった中世イスラム圏(アラビアの科学)は当時の先端文化であった。

 

千夜一夜物語を若い時に一読しておけば、エプスタインのような怪しい人物とは近づくことはなかっただろう。私は富裕層ではないので関係ないが。

今朝は春の嵐である。千葉県東部では春の訪れの節目となる。乾燥していた田圃は水で満たされ、田植えができそうな風景となる。とは言っても、九十九里方面での種まきは春分の日前後で、田植えは早くても大型連休の前週になる。利根川に面する小見川では4月の上旬には田植えが始まる。隣の松岸では5月中旬が田植えとなる。気候は全く同じなのだが、それぞれのこだわりがあるようだ。

 

さてイギリス、フランス、ドイツの首相及び大統領が、イランに対して報復攻撃を中止するよう声明をだした。さもなければイランを攻撃するという。面従腹背ポーズを貫くEUの苦難が読み取れる。同じように面従腹背を40有余年も貫いていたイランの更なる受難も想像できる。

 

さて、イラン戦争によってしばらく原油価格は高騰する。産油国であるトランプ大統領にとって、資源を持たないイギリス、フランス、ドイツ、日本、EU諸国の衰退は喜ばしい。一時は関税政策で優位に展開したが少し部が悪くなったので、やはり持つべきは伝家の宝刀(軍事力)だ。これでアメリカ〔トランプ大統領〕は、かつての同盟国の宗主国(大魔王)となる。

 

では日本はどうなのか。日本は講和条約以降アメリカ合衆国の準州だ。51番目の州には入れてもらえない。アメリカが統治するまでもなく、日本政府は茶坊主として共和党でも民主党でもないホワイトハウスに忠誠を誓っている。

 

これを腰抜政府と批判などできない。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」〔憲法前文より〕日本が生きていくための手段である。

しかし今は「殿!ご乱心!」だ。この事態(ホルムズ海峡の封鎖)が続けば茶坊主の台所事情も危うくなる。「お家(G7)断絶」の危機だ。ここで諌めるのは日本の信義でもある。

見果てぬ夢(お狐様)に取りつかれたトランプ大統領に、本音が言えない面従腹背の日本。日米首脳会談の手土産に「大きなお揚げ」(どんベえ)と「お稲荷さん」(稲荷ずし)がいいのでは。日本の味付け(比喩)が分かるかな。

 

となれば、面従腹背を強いられているアジアの大国人民の、次なる訪日目的は「お稲荷さん」ですね。ただ、伏見稲荷はオーバーツリズムで電車がパンクしてるので注意を。

政教分離の話題をはじめたら、アメリカとイスラエルがイランを攻撃したので、20年前にイランを歩いていたこともあって少しイランの政治に内容が傾いてしまった。

イスラム教と日本の仏教を同じ宗教として見るのは無理がある。ただ人々の生活における価値観や文化的な面で似通ったものがある。キリスト教とは距離がだいぶ違っているといっていい。

戦前の右翼の論客であった大川周明がアラビア語を翻訳しイスラム教(コーラン)の研究をしていたのは、日本文化との価値観で相容れるものがあったからであろう。

日本で右派を自称するならイスラム教の研究くらいはするべきだ。トランプ大統領に尻尾を振るだけの日和見茶坊主ども恥を知れ!

 

さて、中東とアメリカの悲劇は状況が変化してから展開するとして、今日はひな祭り「桃の節句」だ。邪気を払い、無病息災、五穀豊穣を願う日本独自の行事といえる。ひな人形の起源は古墳時代以前に遡る。日本古来の「身代わり」信仰と考えられている。土偶や埴輪などは、邪気払いの儀式に使われたと考えられている。陰陽師(アニメ)ではないが、平安時代から悪霊払いの身代わり人形、江戸時代に無病息災のひな人形として大名や町屋(商家)で普及した。

桃の節句というのだから桃の花も添える必要がある。我が家もハナモモの木がある。つぼみは先端が少し白くなった程度だ。2~3日すると白が桃色になる。咲き始めるのは1か月後で桜の花と入れ替わる。いまは雀やヒヨドリが味見にくるがまだまだ早い。咲きはじめるとメジロが一番乗りでやってくる。居間のガラス窓から1mの距離で野鳥観察できるのはこの時だけ。というわけで、桃ではなく満開となっている赤いボケの花で代用する。

 

節句は季節の変わりめ、今日は草の根で厄払いだ。すべては「中間選挙」まで我慢する。世界の選択は一択のみ。