更新せねば!と思いつつ、なかなかできなかった。
私にとって、このブログは私の人生と向き合うということ。
「人生と向き合う」のって、案外しんどいってことに気が付いた。
ということで、我が愛するおかんの奮闘を書こうと思う。
今だからこそ、「ありのままでいい」とかいう言葉も聞かれるようになったが、60年くらい前にはそんなこと誰もいう人はいなかった。
障害を持つ子とその親に課せられた事は、少しでも健常者に近づくこと。
自分で歩けること・自分で身の回りの事が出来ること・普通に働けること、そういう事が良しとされていた時代。うちの親もがんばった!
股関節脱臼は、落ち着いたんだと思う。
次はいよいよ、“何としてもこの子を歩かせる”事に邁進したみたい。
おかんが突撃して行った先は、マッサージ。誰かが「あそこのマッサージは効く」って言ったんだろうね。
このマッサージ通いは、ずいぶん続いたと思う。なぜかというと、うっすら私の記憶に残ってるもん。
この話のすごいとこは、長い間通ったって事じゃなくて、その通い方。
その頃は、今みたいに家電もそう普及してなくて、洗濯も洗濯板を使って手でやってたんじゃないカナ。
マッサージの時間が何時~とかわかんないけど、おかんは朝の3時に起きて、洗濯を終わらせてから私をマッサージに連れて行ってたと話してくれた。
朝の3時って![]()
夜中じゃん
わたしゃ夢の中だわ、今でも。
我が親ながら、つくづく感心しちゃう!
私が親だったら、いくら自分の子のためとはいえ、そこまで出来ないと思うもん。
それをやってのけたおかんはやっぱりスゴイ![]()
その母の娘ってことに、私は誇りを持たないといけないかもね。
向かう方向は違うけど、“がんばる”エネルギーがあるのは母に似たんじゃないかな?
おかんの奮闘は、これだけじゃない。
障害のある私や弟(障害は無し)を育てる日常自体が、奮闘の日々だっただろう。
だから、お母さん言わないで。「動きも鈍くなって、もう役に立たんけね」ナンテ。
あなたの娘は、あなたのおかげで今とても幸せですから。
生きてて良かったって、思ってますから。
なんだか、ちょっとセンチメンタルになったカナ?
今日は、これまで。
またね~![]()