本当にずいぶん更新してなくて、ごめんなさい🙇

自分史の続きはまだまとまってないけど、このままだと一生

書かないかもと思い、近況でも何でも書いておこうと思い立ったが吉日。

最近の私のトピック

①口内炎。

だいたいが口内炎の出来やすい私の口。

また出来たと思って薬を塗ったりしたけど、これがなかなか治らない。

そして……、約2ヶ月。まだ治らない。

歯科の先生からは「悪い物かもしれない」と言われて怯え、

好きなものも身体に良いものも悪いものも食べられないという

文字通り味気ない食生活が続いている。

“悪い物”ではなかったみたいでちょっとホッとしてるけど、とにかく

早く治ってほしい。

早く海老フライが食べたいよ~! 早くカレーが食べたいよ~!

キムチも明太も食べた~い‼

食生活って、ふだん思ってるより大事なんや、と痛感する。

 

➁ダイエットに目覚める

最近太ってきたんじゃ?とは、内心思ってた。

けど、具体的にどうすれば良いか分かんないし、ダイエットの方法ナンテ出来そうにないものが多いもんね。

しか~し、ある日曜日ある人に突き付けられたわけ。

そして、ちと落ち込んだ後で負けず嫌いの血が騒いできた。

ふうせんバレーの練習日を間違えて、障害者スポーツセンターの体育館に行ったら卓球の試合をやってて、そそくさとスポーツセンターを後にした。

6パックが筋肉が付いて痩せやすくなると聞いたから、

値段高いけど見るだけ見てみようと、電気屋に行った。

そしたら、ありましたよ6パック。

値段は3万くらいと聞いてたけど、見てみたら1万円。

どこかから「買え!」と言われてるみたいで、買ったよ。

買ってしもたら、使わな勿体ない!

使ったら痩せるかどうかは分からないけど、身体に良さそう。

負けず嫌いの血も「痩せて、周りを見返そう!」とエールを

送ってくれるから、止めるわけにはいかない。

1ヶ月くらいして、良い報告が出来るのを期待しといて。よろしく。

 

みんなが忘れないうちに更新するよう、ブログもがんばる(^_-)-☆

 

では、また(^^)/~~~

 

 

 

おかんのことに移る前に、おとんの悪ガキエピソードが

一杯あるので、続けることにした。

そして前回、おとんにすごく失礼なことをしてしまった。

名前を書くのを、忘れてしまってたのだ!ガーン

おとんの名前は、岩井 進。

進で良かったと、心から思う。

なぜかと言うと、おとんのすぐ上のお兄さんは「鶴松」だったって。

そんな名前、やだよ。友だちに「お父さんの名前は?」って

聞かれても、答えれない。

おじいちゃん、おとんに「進」と名付けてくれて、ありがとうルンルン

孫は、恥ずかしい思いをしなくて済んだよニコニコ

 

進くんちは、貧乏だった。

でも、その頃って貧乏な家が大多数だったらしいから、

そんなに悲壮感はなかったんじゃないかな。

ただ、お金がないと遊べない。けど、遊びたい気持ちは皆同じ。

 

周防大島は田舎だけど、ときどきお芝居の巡業とか来てて
すーちゃん(進の愛称 今も親戚からはこう呼ばれてる)は

観たかったんだって。

で、お金ないからさ~、浜辺に干してある魚をもらって(無断で)

小屋主さんにそれをあげて、観せてもらったりしてたって。

わるいよね~‼

 

学校では、機嫌のいい時は級友に指示して教室掃除の

指揮を取り、機嫌の悪い時ってか気分の乗らない日は

掃除なんかほったらかしで友だちとさっさと遊びに

行ってたんだって。

今、そんな事をする子がいたらすごく憤慨するだろうに、

よくもまぁ自由すぎるBOYだったもんだわ( 一一)

娘、呆れる('_')

 

かと思えば、とっても臆病なところもあって……。

昔の田舎の家なもんで、トイレが家の外にあって、

夜は怖くて一人では行けずお姉ちゃんを起こして一緒に

行ってもらってたそうな。

 

すーちゃんの親は心配して、ある言い伝えを実行した。

亡くなった親戚か誰かのお骨を砕いて粉にして、おとんに

飲ませたそうな。そうすれば、臆病が治るって信じてたらしい。

 

生きてると、いろいろな事を経験するもんやね~。

 

私が今、祈ること。それは、おとんの知り合いがこのブログを

読んでないこと。

もし読んでる人がいたら、おとんには言わないでね。

バレたら、私がどんな目に合うか……! おそろしや~|д゚)

 

では、次はホントにおかんのことを書くね。

 

じゃ、またね(^^)/~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のことをこれまで書いてきて、これからも書いていく訳だけど、

My Storyに家族は欠かせないよね。

で、弟たちのことは追い追いで構わないけど、両親は味の素じゃ なくて私の素だから書いておかなくちゃ! と気が付いた。

聞いた範囲で分かることしか書けないけど、今日はおとんのことを

書いちゃおう。

 

おとんは、1932年(昭和7年)11月30日生まれ。現在84歳。

岩井家の末っ子。山口県の周防大島で生まれ、育った。

兄弟姉妹は、確か7人とか……。生まれてすぐ亡くなったり戦争で亡くなったりした人もいるから、私の知ってる伯父叔母は3人カナ。

おとんのお父さんはとても優しくて、器用だったんだって。子どものおもちゃを手作りしてたらしい。

私のおとんはそのDNAを受け継いでなくて、全然器用じゃないし、

機械類にはめっぽう弱い と来てる。

おじいちゃん、残念やったね~うーん  息子が似らんで。私も残念よ。

 

今でこそ、うちのおとんはクソ真面目な堅物だけど、子ども時代はガキ大将で相当悪かったらしい。

戦前の小学校にも家庭訪問はあったらしく、先生が来ると祖母は小さくなってたって言ってた。

ある日、その超優しい祖父が激怒した(今で言うところの キレた)ことがあるらしい。

おとんが親の貯金箱の裏紙をはいで、中身を抜いて使ってた のがバレた! から、さあ大変!!

怒ったじいちゃん、おとんを縄で柱にぐるぐる巻きに縛りつけたらしい。

今だったら、虐待? でも、悪い事したんだからねぇ。時代も違う

からねぇ。

おとんも、その事笑って話してるから良しとしようルンルン

 

じいちゃんは船舶関係の工事かなんかの仕事をしてたみたい。

ある日、船の高い所から落ちて命は取り留めたものの、ショックで精神を病んだらしい。

今なら周囲の理解もないことはないし、病院で適切な治療も受けられるから治ったと思うんだけど、やっぱ時代が時代なもんで、

座敷牢的な扱いを受け、身体も悪くなってついには亡くなったそう。

「ひどい話」と言えればいいけど、時代背景や経済的状況を考えると、そうも言えないんだよね。

それから、ばあちゃんは大変だったらしい。女手一つで働きながら子ども育てなきゃいけないんだから。

おとんも上の学校に行きたかったし、先生からも勧められたけど、

経済的に厳しかったから諦めたんだって。

高等小学校(今の中学校)を卒業して、まず漁師になったそうな。

それから、お姉さん(つまり私の伯母)が門司にいたから、

追っかけて来たんだって。

この姉弟、今もとても仲が良い。素敵なことだと思う。

八十代になっても仲のいい姉弟って、絶対いいよねルンルン            

私も、弟とはずっとそういう関係でいたいナ。

話がそれたけど、おとんは門司で“大日本精糖”と言う砂糖を作る会社に入った。

それまでもいくつかの会社に勤めたけど、腰を悪くしたりして、

結局砂糖会社で働くことにしたそうな。

 

そして、親戚の勧めで吉田冨美子さんと結婚することになった。

そう!この吉田冨美子さんこそ、私のおかんになる女性。

 

人の親の話を、ここまで読んでくれてありがとうルンルン

 

次は、おかんの波乱万丈な人生を書くからね。お楽しみに……♪

 

じゃ、またねでは。  

 

 

 

 

 

 

 

60年近く生きていると記憶も曖昧になってきて、自分が覚えている事なのか、聞いた事を想像したものなのか、よくわからなくなってくる。

その双方を併せて、私の子供時代がどんなだったか書いてみよう。

 

私は、幼稚園に行っていない。

障害があるから入れなかっただけなんだろうけど、そう言ってしまうと身もふたもないので、母は私にこう言った「幼稚園にはみんなが行くわけやないけね」って。

なぜか私は疑うこともなく、「そうなんやね」と納得してしまった。

弟や従妹は行っているのに、なんで疑問を持たなったのか自分でも不思議だ。

で、弟が幼稚園に通いだしたら遊び相手がいない。

だから、私は友だちをつくった。

それは……、“テレビ”。テレビが、大の仲良しさん。

いまも、テレビは友だち。

こう書くと、なんだか孤独な少女って感じがするけど、そうでもないのよ。

弟や従妹と遊びもしたし、親も時間のある時は構ってくれたからね。

 

ただ親にとって、困った事があったそうな。

昔はテレビ放送の時間が決まっていて、ある時間になると放送が終わってしまい、テレビ画面が真っ暗になってたんだって。

そういうシステムだったので仕方ないんだけど、子どもにはんな事通用しな~い!

放送が停止するたびに、私は「ウワ~ン‼」って泣いてたらしい。

ホントにややこしい子や。

おかんが「ほんとに困ったんやけ」って言ってたけど、そうやろうなぁと思う。

 

でも、子どものなおみちゃんにしてみれば突然仲良しの友だちと引き離されてしまうんだから、そりゃ泣くわね~。

 

人間の友だちがいれば、そんな笑い話のような事は起こらなかったのにね。

そう深刻になる必要はないけど、なおみちゃんはやっぱり寂しかったんだろうナ。

って考えると、やっぱり統合教育・統合保育は必要だよね。

 

なんだか、真面目になっちゃった。

たまにはいいよね。

 

では、またばいばい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、ご無沙汰してしまいました。ごめんなさい🙇

2、3日に一回は更新したいと思ってるんだけど、時間の使い方が下手でついついゲームばかりやってしまうのよね~!

 

岩井家の最初の子で、障害がある となれば、そりゃあ親は甘やかすよね~。

はっきりした記憶の中では結構厳しく育てられたんだけど、それにしちゃぁワガママだし、いつまでも親に頼りがちな私。

なんでだろう?と考えた結果、きっと3歳くらいまで相当甘やかされたんだろうという結論に至った。

そして、親は気が付いたんだろう、「こんなに甘やかしてはこの子の為にならん。厳しく育てよう!」って。

しか~し!遅かったんだな、これが。

潜在意識の中で「私は甘えていいんだ」というのがあるから、未だにしっかり出来ない。

 

どんなに大事にされたかおぼろげな記憶を辿っていくと、父の膝の上に抱っこされて本を読んでくれてた。

母も読み聞かせはずいぶんとしてくれた。

両親とも読書は好きだったらしい。

母は本が読みたくて、図書委員になったらしい。

父はガキ大将だったらしく委員とかにはならなかったようだが、友だちから借りたりして読んでたって、言ってた。

子どもに本を読んであげるのは、とても大切な事だと思う。

私はそんな親のおかげで、本大好き少女になった。

 

かわいそうなのは、2人の弟。

親は忙しくて精神的余裕も時間もなくなり、読み聞かせとかしてないそうだ。

写真も私がダントツに多いし……。

ま、そういう事ってありがちかも。

 

他にも、いろいろしてくれたんだろうナ(^^♪

おかげで、こんなにわがままな人間に育ってしまいました。

 

「三つ子の魂百まで」っていう諺は、ホントよ。

私、百歳までは生きないと思うけど、死ぬまでこの性格は変わらないだろう。

 

子育てって、大変だね。世の中のお父さんお母さん、がんばってネ!

わたしゃ、高みの見物よ。エヘヘ

 

じゃ、またねでは。