今の状況を見るに、落武者はどうしてもルイ・ボナパルトのブリュメール18日とニーメラーの言葉を思い出してしまいます。
”全ての世界史上の大事件と大人物は二度現れる。一度は悲劇として、二度目は茶番として”
しかし、現代においては”二度目も三度目も・・・繰り返し悲劇として”と落武者は付け加えたい気持ちです。
多くの皆さんがブログやTwitterで批判をしているので、今更書くまでもないのですが、落武者も書かないわけにはいきません。
このDaiGoなる人物を落武者は知りませんし、知ろうとも思わないのですが、今回の発言は決して許すことが出来ないので、書き記すことにしました。
彼は最初謝罪するつもりが無いと表明していましたが、生活困窮者支援団体4団体からの声明を受け、一転謝罪。
しかし、心から悔いているわけでは無いとしか思えません。
彼が発言した生活困窮者に対するヘイトは、朝鮮民族等に対するヘイトスピーチを繰り返す人間と根は同じ。
自分の優位性を保つために人を貶し、その犬も食わぬプライドを保ち続ける行為。
反吐が出ます。
しかしながら、こんな人権を無視したヘイト発言に影響を受ける人も一定いるはずなので、差別を助長・肯定する発言は、一つ一つ徹底的に潰していくしかないと考えます。
モグラ叩きのように時間と手間がかかっても、差別発言に対しては根気よく批判を続けて行かない限り、ナチスを持ち出すまでもなく、一昔前までは考えられないような杉田水脈や植松聖等々優生思想を臆面もなく肯定する輩がウヨウヨ出ている現状を打破できないだろう。
よく「やり直しが出来る社会」の構築が言われますが、このような差別主義者にやり直しなど認めてはならない。
性犯罪者と同様に繰り返すでしょうから。
日本の法秩序や人としてのモラルが崩壊していると言わざるを得ない事は、何もDaiGo の問題だけではありません。
何度も書いていますが、名古屋出入国在留管理局によるスリランカ女性に対する殺人も同様。
外国人に対する差別の結果の殺人とも言える人権無視の行為。
この件に対する行政処分は、局長ら幹部4人に対し訓告等の処罰。
訓告!
公務員に対する行政処分において、戒告以上は履歴事項として残りますが(公務員としての前科)、訓告以下は何も残らない軽い処分。
人を殺しておいてこのような処分は認められるものではありません。
ぜひ、法廷で上川法相を筆頭に裁かれるべき。
今回の出入国在留管理局等のような公務員のモラルと矜恃の崩壊は、以前からあるにはありましたが、それが一気に表面化したのは森友問題だったでしょう。
全ての記録を開示する必要があり、責任の所在をはっきりさせ、その上で再度処分を行わない限り、国民の公務員に対する信頼を取り戻すことは無いと断言します。
政治家も謝罪すればそれで全てが解決と思い込んでいる阿呆が最近は増えてきたが、こいつ↓も辞めればそれで終わりではない。
「事実関係を確認している」だとw
自分のことも分からんのか!
犯罪なのだから立件を💢
こいつのような人格破綻者↓の根底にも差別意識=選民意識があるのです。
自分は何をやっても許されると思う傲慢さ。
それは選民意識そのもの。
もちろん、この河村に対しては、選んだ有権者にその責任の一端があることは論を俟ちません。
以上のような法秩序やモラルの崩壊は、戦後76年の間、落武者も含めて明治以降の歴史、特に戦前戦中の歴史を曖昧のままにしてしまったことに原因があるのだと考えます。
落武者にそのことをまとめ上げるような能力はありません。
なので、先達から学ぶしかありません。
落武者が若い頃は、保守的論壇の巨匠としてどこか取っ付き難かった半藤一利ですが、落武者も歳を重ね、この年齢になって彼の本質がほんの少しですがわかるようになりました。(わかったつもりになったと言う方が正しいかも。)
決して熱狂的になると言うのは日本人に限ったことでは無いにしても、反省を行わないのは今も昔も同じ。
若い頃、どうしようもないと思っていた自由民主党の歴代の総理や幹部たちも、根底に戦争体験を持ち、その体験を反面教師として己を律していたのでしょう。
しかし、今の自由民主党の国会議員は、そのような先人たちの体験や歴史を学ぼうとすらしていません。
歴史を学ばぬ者の行き着く果ては、やはり悲劇しか待ち受けていない。
しかし、何度も何度も悲劇を招く過ちを繰り返してはなりません。
過ちを繰り返すのもそれを阻止するのも私たちなのだと思った今年のお盆でした。
落武者も録画を見ましたが、とても重い内容を扱ったドラマ。
私たちは現実を包み隠さず証言した鳥巣医師の気持ちに背を向けてはならぬのです。
自分に置き換えて考えねばならぬのです。















