負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -5ページ目

学歴ってなんだ?

最近、学歴詐称などと世間を騒がしている市長さんがいる。

ワイドショーでは「学歴が問題じゃない」と、


まあ、詐称することとが非難されているんだろうが?

やはり、そういったって、学歴が高いほうがちやほやされていることは間違いないからね。

学歴は関係ないって言っているひとは殆んど高学歴だし、出身大学を高々と掲げてコメンテーター面しているじゃないか!


で、高学歴と称される学歴の基準は何なんだろう?

どうも、退学、除籍でも卒業てもないようだ。

高学歴の基準は出身大学の入試の偏差値。其も国公立大学を除けば、首都圏基準のようにみえる。

まあ、地方の大学だと知名度も低いし、芸能界にいる人少ない。

その癖、○○大学客員教授何て言うと、かなり地方のどんな学部があるかも知らない大学だったりする。ここは、低学歴の大学でも通用するんだ?つまり、肩書だよね。

そんな、コメンテーター、専門家と称する人が知ったかぶりしてテレビにでている。そこは大学名じゃなく、○○博士などと言う学歴なんだよね。

末は博士か大臣か?

って昔は言われたが、いま、博士なんてゴロゴロいる。下手すると、資格より学位のほうが人は騙されるのだろうか?


そもそも私なんか、

そんな大学行ってどうすんだ?

って、親戚から陰口叩かれた。

何せ、親戚関係、教員、公務員、医師が多い。

男子の音楽や美術、文学なんか大学を学歴とは見てくれない。教員でもならなきゃ食っていけない学部。

あたしゃ教員ってものが大嫌いだから、これでは食っていけない。わかってる。

けどね、親戚中、中高大学の同級生をヤホーで名前検索して一、二に引っ掛かるのは私だからね。と、自慢げにwww


さて、始めに戻って、高学歴って出身大学の知名度と入試の偏差値でランク付けされているとひしひしと感じる。


テレビのクイズ番組で私より物事をしらないのに、私より高学歴がいっぱいいる。

で、何で偉そうに世相や政治を批判しているるんだろう?

特に慶應義塾大学の肩書を付けた奴が多いように見える。私の人生の中で一番印象の悪い大学だ。


で、学歴ってやっぱり、人に対してマウント取る肩書何だよね。

たから、詐称していいわけではない。

私は大学で陰口叩かれた、だから大学院のことは、親戚や回りには、言わない、話題にしない。世間への見せびらかしやマウントとりに使いたくない、自身の誇り。


暑いねー

このところ暑いねー

先ほどテレビて今月の平均気温が過去最高だそうだ。

このところ毎週のように地域の草刈り。

4時間も5時間も毎週、死ぬかと思う程。

一気に3kg位体重が減る。1日3L位水分補給はする。翌日、まるまる1日くたばって、食べてゴロゴロして、体重戻るのに数日かかる。

まあ、中年肥り防止にはなるんだろうけど、若くないから持続はできない。


家にいても暑い、ゆっくり、本読んだり勉強したいけど、気力もない。

暑いなか自転車で近くの本屋にいく。天国だ。涼しい。


ふと目に止まった「頭のいい人の、独学術」(のようなタイトル)

これどういう意味?目を引くタイトルで買わせよう、てなアリアリな目論見が透けて見える。


これ、

頭の悪い人は真似てくださいね、って言ってるのかな?


独学が出来るってそれなりの頭ごなけりゃ出来ない。頭の悪い私が読んで何になる?

他人に勉強の仕方教えてもらって其を実行して、其を独学といえるのか?

そもそも、独学って自分にあった勉強方法を自ら実行できないと、個々の能力にあった勉強法でなければ、と思う。

つまり、あんたと私は違う。頭のいい人の勉強をする意味があるのか?


私は、こう言う啓発本、ハウツー本が大嫌いだから、買わない、藁


と、本屋の本に突っ込みをいれながら、暑い異常気象の夏をどうにか乗り切ろう。

冷たいアイスクリームでも買って帰ろう!





ここ最近、田植えの準備と土俗的信仰の調査と準備事が多い。


最近の世の中の話題は米の高騰。

どこかの国会議員ではないが

「米を買ったことがない」

どうにか食べる分だけは米を作っている。

いつまで作るんだろうか?いい歳だ。


で、田舎のことをやっていれば、多かれ少なかれ祀り事はある。

一般に言われる、夏祭り、秋祭りがある。

秋祭りは、メイン。来年が当番組、引継ぎがある。大晦日は夜篭り。

夏祭りは、茅の輪くぐり、夏越しの祓、

これは、神社総代がやるので、高見の見物だが、再来年は7年神楽(実際は6年事)、前はコロナで中止。

で、他に、民間信仰が多々ある。

町内会事に順番が回ってくる、町内会長が仕切る、牛神様、

来年の地域の神社の当番組がする、石鎚神社祭典

当番制で回って来た、山之神神社がある。

他にも、天神、稲荷はあるが此は10数年に1度しか回ってこないが、株内の祭典(摩利支天を祀)が年末にある。

切りがない。


小さな祠の祭典は近年、形式だけやっているようだ。つまりは、殆んどの人は、祭典のいわれ、意味さえ伝承されていない。

これらを少しずつ掘り起こしている。

で!各祠を回って傷んだ神具の補修や祭典に足りない神具を作る。

で、祠を作ってみた、神札を立てる神具さて欠損している。


なかなか此が変なライフワークになってしまっている。

まあ!これが専門といやそうなんだが、。