進まぬ曲つくり
何かと考えることが多く落ち込む。
その上、実家の地域の仕事。
ようやく、一つは終ったが、まだ、次はある。
何でこんなことしてるんだろう。
そもそもが、金のこと考える仕事につきたくなかったから、男子文系が一般に選ぶ、法、経済系の大学に行かなかった。高校同級生の約100人で文理ほぼ半分。その9割は大学進学と言う高校。
文系の7割位はその法経関連学部に進学。2割が教育、文学など他の文系、女子はほぼ逆。
つまり、1割位が文系にいながら、芸術系に進む。同級生男子、音楽1名、美術2名、だった。
で、法学、経済学が分からないわけではないが、金の話、公共団体への書類など、めんどくさい!楽しくない。
日頃、金や書類に苦労しているのに、何で他人の金や書類に時間取って悩んでいるんだろう。
まあ、こう言うことをやらないと稼げないのはわかる。が、どうも性に合わないんだろう、苦痛だ。
で、やりかけた曲つくりが進まない。締め切りにも間に合いそうもないが、一応、完成はさせておこう。
こうやって、無理に完成させたような曲は陽の目は見ないんだよね。
テレビ番組でマニアックな分析をしてさも、
私は知ってるぞ
と、言っているひとがつくる曲がヒットするわけではない。
他人の曲を分析して其を真似したような曲は、やはり二番煎じ。
ヒットなんて理屈じゃない、センスだ。
なかなか、そのセンスがいい曲が出来ない。
センスがいいと人の曲はわかるんだが。www
心に残るすごい映画音楽
という番組、林修の冠番組。
葉加瀬太郎を講師に迎えて、
私はそもそも、人の好みに順位付ける事が好きではない。ましてや、それに個人的な主観をさも知識の自慢のように付け加える事が好きではない。
いつも言う、音楽は聞く人のエピソード記憶によるところが大きい。音楽に纏わる記憶がエピソードとして刻まれる。
一つの音楽で聞く人によって、励まされたり、癒されたり、たのしかったり、悲しかったりする。
そこに、他人の主観による感想を挟まれることが邪魔でしょうがない。
科学的な根拠のない主観も邪魔である。
テレビ朝日の音楽番組はさも、知識があるかのように主観で音楽を評価したがる人が解説をしたがる。
それは、知識ではなく音楽を聞いている人への無用な洗脳である。
この曲は勇ましいとか、不安を表現しているとか、それ、あんたの主観でしかない。
話は変わるが、
以前も言ったが、短調は暗い、長調は明るいは嘘である。
短調は主要三和音、つまり、Ⅰ、Ⅳ、Ⅴの和音が短3度上の音が重ねられた和音。つまり、主音から短3、短6、短7の音が含まれる音階を持つ調。長調は同様に長3、長6、長7が含まれる音階。
英語のメジャー、マイナー、ドイツ語のDur、mollには長い、短いと言う意味があるから、長調、短調と日本語でいうのであって、明るい、暗いわけではない。メジャー、マイナーのイメージ、中国音楽の陽音階、陰音階の音階表現のイメージ洗脳されているだけだ。戦前の西洋音楽理論も知らない、主観による上流階級もどきの音楽批評家の表現だ。
こういう、さも、分析出来るんだぞという評論家もどきの曲の解説は、
余計なお世話だ。
聞く人は、その音楽が好きか嫌いかだけだ。その基準が曲の良し悪しの評価でしかない。
久しぶりの作曲
と、言っても新作ではない。旧作品の焼き直し。
此のところ、何かと所要が多く、新たに作品を作る元気もない。
以前、ボツ(つまり落選)になった曲。自分では悪くないと思うのかだか、応募場所がよくなかったのか、アレンジしなおす。
半年ぶりに楽譜を書く。10数分の組曲、20ページくらいだろうか?予定は8月いっぱいで、
自治会の仕事がこれから詰まっている。書類作成が山とある。
面倒臭い。先般いった高学歴の法、経学部卒のお方なら、なれているのでしょうが、
私のような、潰しの効く学部卒ではないものには、真に面倒臭い。
また、来年の祭りの準備や予定が入って来はじめる。
これ、半分は私の学問知識で、まんざら専門外ではないし、それ自体はさほど心的負担にはならないが、何せ、人付き合いが苦手な私。それが一番の心的負担。
過疎の田舎で高齢者の割合が高い。
若い人がいない世帯ばかり、祭りなどの行事は負担が増える。
今から半世紀前、町内会12世帯で高齢者だけの世帯はなかったが、今、世帯が1増2減、高齢者だけの世帯が5世帯。その内4世帯が高齢者一人世帯。後20年もすれば5世帯残るか?
人手がなければ若者もいない。行事の伝承も限界だろう。
昨今、少子化、人口減少などと叫ばれているが、田舎は今始まったことではない。田舎の町は50年で人口は1/3に、高齢化率は40%を超える。
もうすぐだ、限界集落になるのも。
町内会が成り立たなくなり、地域が成り立たなくなり、町が、村が成り立たなくなる。