負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -4ページ目

心に残るすごい映画音楽

という番組、林修の冠番組。

葉加瀬太郎を講師に迎えて、


私はそもそも、人の好みに順位付ける事が好きではない。ましてや、それに個人的な主観をさも知識の自慢のように付け加える事が好きではない。

いつも言う、音楽は聞く人のエピソード記憶によるところが大きい。音楽に纏わる記憶がエピソードとして刻まれる。

一つの音楽で聞く人によって、励まされたり、癒されたり、たのしかったり、悲しかったりする。

そこに、他人の主観による感想を挟まれることが邪魔でしょうがない。

科学的な根拠のない主観も邪魔である。


テレビ朝日の音楽番組はさも、知識があるかのように主観で音楽を評価したがる人が解説をしたがる。

それは、知識ではなく音楽を聞いている人への無用な洗脳である。


この曲は勇ましいとか、不安を表現しているとか、それ、あんたの主観でしかない。


話は変わるが、

以前も言ったが、短調は暗い、長調は明るいは嘘である。

短調は主要三和音、つまり、Ⅰ、Ⅳ、Ⅴの和音が短3度上の音が重ねられた和音。つまり、主音から短3、短6、短7の音が含まれる音階を持つ調。長調は同様に長3、長6、長7が含まれる音階。

英語のメジャー、マイナー、ドイツ語のDur、mollには長い、短いと言う意味があるから、長調、短調と日本語でいうのであって、明るい、暗いわけではない。メジャー、マイナーのイメージ、中国音楽の陽音階、陰音階の音階表現のイメージ洗脳されているだけだ。戦前の西洋音楽理論も知らない、主観による上流階級もどきの音楽批評家の表現だ。


こういう、さも、分析出来るんだぞという評論家もどきの曲の解説は、

余計なお世話だ。


聞く人は、その音楽が好きか嫌いかだけだ。その基準が曲の良し悪しの評価でしかない。

久しぶりの作曲

と、言っても新作ではない。旧作品の焼き直し。

此のところ、何かと所要が多く、新たに作品を作る元気もない。

以前、ボツ(つまり落選)になった曲。自分では悪くないと思うのかだか、応募場所がよくなかったのか、アレンジしなおす。

半年ぶりに楽譜を書く。10数分の組曲、20ページくらいだろうか?予定は8月いっぱいで、


自治会の仕事がこれから詰まっている。書類作成が山とある。

面倒臭い。先般いった高学歴の法、経学部卒のお方なら、なれているのでしょうが、

私のような、潰しの効く学部卒ではないものには、真に面倒臭い。


また、来年の祭りの準備や予定が入って来はじめる。

これ、半分は私の学問知識で、まんざら専門外ではないし、それ自体はさほど心的負担にはならないが、何せ、人付き合いが苦手な私。それが一番の心的負担。


過疎の田舎で高齢者の割合が高い。

若い人がいない世帯ばかり、祭りなどの行事は負担が増える。

今から半世紀前、町内会12世帯で高齢者だけの世帯はなかったが、今、世帯が1増2減、高齢者だけの世帯が5世帯。その内4世帯が高齢者一人世帯。後20年もすれば5世帯残るか?


人手がなければ若者もいない。行事の伝承も限界だろう。


昨今、少子化、人口減少などと叫ばれているが、田舎は今始まったことではない。田舎の町は50年で人口は1/3に、高齢化率は40%を超える。

もうすぐだ、限界集落になるのも。

町内会が成り立たなくなり、地域が成り立たなくなり、町が、村が成り立たなくなる。



学歴って?2

先日、千鳥の大悟の番組で、弁護士、東大の滑り止めで慶應義塾大学で税理士。で、、、


これ、高学歴自慢だよね。

これをいうと、低学歴の妬みだと言う人がいる。

私は、

東大であれ、慶応であれ、大学自体を羨ましいとは思わない。だだ、高学歴を自慢したい人には掲げたい大学名なんだろうな。

とは思う。


私の親戚に国立大学もしくは早慶じゃないと大学とは認めない人がいた。自身は早稲田大学卒。こども、孫は国立大。曾孫は国立大医学部。

何と言う素晴らしい種族でしょう。


三流音大の私なんか肩身が狭くて、狭くて。


藤井風とやらが世に出てきたとき、

いとこがふと


○○(私の名前)もYouTubeに作品出せば良いのに


と、


全く音楽でも分野が違う、私には私なりの音楽に対するプライドがあるし、ポピュラー音楽であれそう簡単に世に出られるわけではない。それこそ、センスと運の世界だ。

私に藤井風のようなセンスが有るとも思えない。


身近な人が成功すると、類似も出きるんではないか?と思うようだ。

こう言う人は学歴の繋がりをうまーく使える人がいる。つまりは、学閥と言うコネ。


その一族は藤井風の親と高校の同級生。こども、同士がまた、高校の同級生。


高学歴と称する学閥のコネには勝てない。

だから、そう言う人とは、学歴の話は一切しない。私の親戚一同、私の最終学歴はしらない。

言うつもりもない。


昔、勤めていた会社の社長が某、高学歴と称される大学。何故、その大学なのか、県内の経済界で位置を得るにはその大学卒が有利だと聞いた。つまり、学閥があるってこと。


何だろう、自身の学問追及のための大学ではなく社会的地位がほしいが為の学歴。つまりは大学名が欲しいんだと。


それをテレビ等で一番ちらつかせているのが、東大と慶応の様に思える。

だから、慶應義塾大学と聞くと個人的にものすごく不快だ。


最初にもどるが

「千鳥」と言うコンビ名は、彼らが卒業した笠岡商業の隣の進学校、笠岡高校の通称。

彼らも、どこか、学歴を気にしているんだ、と思える。