デッサン
4号くらいかな。
輪郭だけ。目なんか最後に入れて調整しないとイメージが変わってしまう。
久しぶりに鉛筆画をかいた。
やっぱり自分の手法で書かなきゃ進まない。独学だけどね。
いつもなら、短時間である程度の形ができれば、それで完成としてたけど。
習作だからそれでいいんだけどね。
そういう意味では、まともの完成させて作品といえるほどの絵って書いたことがない。
一度、自分の技術ってどれくらいあるんだろうって思う。
芸人の又吉が「とりあえずやってみる」って小説「火花」を書いたらしい。
だねえ!って思う。
ある程度、歳とると、自分の技量を今までの経験や知識で予測してしまう。
本当は、もっとできるのかもしれない。やっていないんだからわからない。
でも、勝手に、限界を自分で悟ってやらないんだよね。
いちど、自身でできるかもって思うことには挑戦してみなきゃ後悔するように思えてきた。
結果、自身のにうりぃくの無さを知ることになるのもあきらめはつく。
そうおもって、ここ数年、少しずつ始めている。
なにか、目標があるといいね。
進学した人、頑張ろう!
入学
入学の話題を見かける。
桜も散ってしまったか?
残り桜に雪が舞う、今日この頃。
欽ちゃんの入学の話題。73歳で大学生。
日本では珍しいらしいが、諸外国では見かける光景らしい。
私も50を過ぎて大学院に通ったが、
たぶん、欽ちゃんとは比較にならないだろう。
大学院は基礎的な学力は一応備えている。
つまり、一応、大学というものを卒業している。研究の場である。
一連の流れで学ぶ、研究するに対し、
大学受験って、高校の勉学を今一度思い出さなければならない。
歳をとればとるほどそのブランクが長い。
受験勉強ということを思い出し、そういう勉強方法になれなければならない。
大変だったとおもう。
大学院で見る限り、論文を書く。もっと、端的に言えば、文章を書くという感覚を取り戻さなければならない。
大学を出たんだから、一応、卒論を書いたはず。
その論文を書く技術は学んだはずだろうが、
社会人から入学した人には、日ごろ長文を描く。さしては文章を書くという行為を日常していない人がる。
苦労するようである。長文を描くという技術を習得することに。
何せ、レポートでさえ、大学卒論程度の内容になる。
それを、1ヶ月に1本書く技術が最低必要である。
2年で単位修得の上で修士論文を書くというのは、難しいようだ。
さて欽ちゃん、仏教学部のようですね。
駒澤大学だから、禅宗が本筋なんだろうけど、興味があれば歳に関係なく頭に入ると思うけど、
大学って、専門と選択科目だけではない。一般教養もあるからね。体育とか・・・・。
まあ、出席さえすれすれば落とすことないだろうけどね。
しかし、仏教学部って基本、古文、漢文の世界だから、入試に古典がないのが気にかかる。
まあ、一昔前の人って、古文や漢文を苦にしない人いるからね。
忘れたものを取り戻す、新しいものを入れる。
欽ちゃんボケそうにないね。
そういえば、乃木坂の生ちゃん入学式の写真が写っていたけど、あの背景どこかで見たような記憶。
むかーし(学生のころ)、某会社の入社試験を受けに行った。
それが、某大学だった。その近所になんとなくにてる。もう30年以上前のことだけどね。
論文整理してたら、忘れ物っていうか、なくして物が出てきた。
ちょっと気持ちいい。

