※この話は続きものです。第一章「結成」はこちら です。
Vol1 土岐駆郎(ときかけろう)29歳
「良い大学に行け。大企業に就職しろ。」
そうすれば、人生は楽に乗り越えられるから。
油まみれの手と服で帰ってくる父親は、静かに俺の部屋の扉を開け、満面の笑みで言った。父は、どの大人たちよりも尊敬する存在だったし、今でもそう思う。
親のせいにするわけでは無い。そうでは無いけれど、俺の人生は楽か?いや、職場と家の往復だけでリア充とはほど遠い人生だ。
バイトもせず、恋愛をする事もなく、サークルには所属したけれど友人と呼べる友達も作らず、そして晴れて、大手優良企業に就職した。順風満帆の人生が待っているはずだった。
だった・・・。
気がつけば、板橋区蓮根の1Rで1人、スマフォゲームに課金する毎日だった。初めての仕事でストレスもあった。人間関係をどうしていけば良いのかはさっぱり分からず、先輩に飲みに誘われても断った。いや、本当は飲みに行きたかった。でも、Z世代と呼ばれているのもわかっていたし、断るのが普通だと周りの同期の話に合わせ、何回もの先輩や上司からの誘いを断った。
巣鴨駅を降りると、巣鴨地蔵通り商店街を歩き、真っ直ぐと狭いワンルームに戻った。そして、時間を潰すために始めたのが、スマフォゲームの課金だった。最初は、数百円だった。それがチリツモだとは分かっていたはずなのに、生活費を食い潰す勢いで課金した。
盛岡市の片田舎に住む母に電話をし、小銭をせがんだ。
急な出費がある。先輩との飲み代が。彼女もいないのにデート代が足りないと。
社会人になって、順風満帆の人生になるはずだったのに。無気力な、無意味な、夢も希望も無い、ただ家と会社の往復の人生。空を見上げる事も無い。季節が移りゆくような木々の紅葉も落葉も、雪すら積もらない。夏にはアスファルトとコンクリートと、少ない木々のどこにこんなに蝉がいるのかと思った。
土岐駆郎(ときかけろう)29歳は、死を意識し始めていた。
社会人になって変わった事と言えばタバコを吸い始めた事くらいだった。
お金に困り、先輩や同僚からタバコを一本ずつ貰い、ニコチン中毒を紛らわせていると、陰で「イッポン」と呼ばれている事に気づいたのは、数年前の事だ。それでもいまだに「一本、わけてくれますか?」と壊れた笑顔で言う勇気だけはついた。
環七沿いの鋪道を歩いている時に、土岐はいつも思う。
いっその事、暴走車に轢かれて死にたい。
リストラがあるという噂を聞けば、それを1番に願った。
でもなぜか、一流大学を出ている自分にはその通達は無かった。さして功績も残していないのに。
ゲームへの課金はエスカレートし、給料を電気代や必要な費用を除けてほとんど全てを課金していた。
ある時期、ガスが止まった。そして決めた。ガスはもういらないと。カセットコンロを買ってきて、カセットボンベでお湯を沸かす。お風呂はどうするのかと言えば、カセットコンロでヤカン一杯のお湯を沸かし、それを小分けしてヌルいお湯を作り、それで器用に体を洗った。いつの間にか、そのお湯がとても有難いものに感じていた。
でも、いつ死んでも良い、そう人生に絶望していた。
そんな時だった。
仕事を定時で上がり、いつものように東武東上線に乗っていると、どこからともなく野太い声で話す声が耳に入ってきた。
視界の端でその男たちを見ると、どう見てもじぶんと同じような年齢のサラリーマン二人だった。野太い声はどうもわざとらしかった。
「今日も、ジジイ連合に行こうよ!」
「そうだな、やっぱり週一はあそこだ!」
わざとらしい会話だと思った。でも、なぜかその二人が眩しいほど輝いて見えた。
「でも、お前の家は巣鴨ではなかった?」
また、一人の男性が図太い声でわざとらしく言っている。
「良いんだよ。気にするな!」
細マッチョな体型の男が、またわざとらしく野太い声で返事をする。
土岐の視線は、視界の隅で見るのを辞め、彼らをすでに凝視していた。
ジジイれんごう?
新手のゲームか、イベントなのか?
土岐は気になって仕方なかった。
「次は巣鴨」
そして、巣鴨駅に着いた。
だが、土岐駆郎は巣鴨で降りなかった。彼らの後をつけ、例の駅で降りたのだった。
Vol2 かつて女帝と呼ばれていた河合円華。
4畳ほどのリビングの床に広がる白いコンビニの袋。それらは全てクルッと丸められている。
河合円華(まどか)は今日もロールケーキを3個買ってきて、口に押し込んだ。
テレビでは、お笑い芸人が悪ふざけをしている。
円華は口の中にいっぱい詰め込んだロールケーキを吐き出さ無いように心の中で大笑いした。
職場で、私は(たぶん)子ブタと呼ばれている。
「ねえねえ、見て!また円華さんまたアンパン食べてる!」
同僚の女子たちは、私が食べる姿を見て喜んでくれる。
「今日はファザマ?それともダンソン?やっぱりタブンイレブンのアンパンかな〜?」
隣の席の冴木茉都香(まどか)は私を見下ろすように、どこか顔を引きつらせて言う。
口にアンパンを頬張ったまま、私は言った。
ダ、ダイエット必要ないから。
精一杯の笑顔で言っているつもりなのだけれど、同僚たちにはそうは見え無いらしい。以前トイレに入っている時に聞いたことがある。
円華さんっていつも無表情じゃない?そうそう、彼女はミスをした時に部長に怒られても、お客さんに怒鳴られても無表情なのよ。あれが本当のポーカーフェイス。同じマドカなのに全然違う。あはは。はははっ。
椅子の側に置いていたコンビニ袋を手に取り、3個目のロールケーキを取り出した。そして白いコンビニ袋をいつものようにクルッと丸めると目の前の壁に向かって投げる。そして、いつも通り壁までは届かず床に落ちる。3個目のロールケーキを一気に口の中に頬張った。ファザマのロールケーキは私の絶対的な味方。テーブルの上に置いている立て鏡の向きを足で変え、自分の顔を写した。そして笑顔を作ってみた。クリームが口の端っこについてる。太り腫れた頬がなんとも情けなく映ってみえた。
はあ、ダイエットしなくちゃ。
骨盤矯正にもなるという骨盤がしっくりハマるという椅子を買ったのは去年だった。店員さんは骨盤が閉じればダイエットにもなります、そう言っていた。その椅子に対して学生時代から使っているテーブルは低すぎるけれど、出過ぎた腹を避けながら足で色々と移動できる事に気づいてからは、とてもしっくりしている。けれど最近は、椅子から尻肉が溢れてきている気がするし、デブ症が増している気がする。
翌日の夕方。タブンイレブンの前で円華は立ちすくんでいた。かれこれ15分もお店に入れ無いでいるのだった。
(本当はファザマのロールケーキを食べたい)
口の中はもうロールケーキの味になっているし、いつものルーティーンを出来ないと考えると、手どころか胃まで震えている気がした。何の為に生きているのか。何の為に仕事をしているのか。血糖値が下がってきたのか目眩までしてきた。
どんっ。背中から誰かがぶつかってきた。
人通りが多い時間。ちょっと入り口の近くに立ちすぎていた。
あっ、ごめんなさい。
携帯電話を見ていて気づかなかった様子の女性が本当に申し訳なさそうな笑顔で謝って、コンビニに入っていった。どんっ、という衝撃があまりにも軽くて、子供がぶつかってきたのかと思った円華は、一気にヤンキー顔を作って彼女を睨んでいた。見るとたぶん同年代で、同じ事務職風の服装だった。円華はその衝撃の余りの軽さに驚いた。そしていつもの無表情を作り、彼女を追ってタブンイレブンに入った。
[骨骨]が何を買うのかチェックしなくちゃ。
(円華の脳内では、さっきぶつかってきた女性のあだ名を[骨骨]としていた。)
円華は太った身体を目立たせないように彼女を追った。
まずはペットボトルの水なのね。
(まあ、それは良いんじゃない?私ならばロイヤルミルクティだけど)
[骨骨]は水を手に取ると足早にレジに向かっていく。
え?他には買わないの?
と、思った瞬間、[骨骨]はやはり惣菜コーナーに戻っていく。円華はヤンキー顔をうつむかせ[骨骨]を追った。な、次は、何を手に取るの。
[骨骨]は温めるコーナーにあるサラダを手に取った。
(あ、温められるサラダかよ。わ、私ならばデザートコーナー)
[骨骨]はレジに向かっていきレジを打つ店員さんに向かって何かをお願いしている。そして円華は、驚きの言葉を聴いた。
焼き鳥の塩を2本ください。
(お、おい、それで足りるのかよ!糖分はどうした!?そこはタレだろう)
会計を終え、店を後にする[骨骨]。
円華は出口まで追うと、[骨骨]の背中をみながら再び立ちすくんだ。
5分、いや6分は立ちすくんでいただろうか。円華は静かに歩き始めた。向かう先はファザマだった。
本当に静かにゆっくり歩いていた。脳内は思考を拒絶し、糖分を求めた。
1分、2分も歩いただろうか。
どこからともなく、大声で叫んでいる声が遠くに聞こえた。
とても変わった黒い重厚なドアの前に立ち止まると、どうもその中から男たちの声が漏れてくるようだった。
キャバクラか飲み屋にあるような重厚なドア。でも、店先には赤提灯がぶら下がっており、白文字で「応援居酒屋 伝助」と書かれていた。
ドアに近づき中の声に聞き耳を立てると、誰かを応援している声が聞こえてきた。
フレーフレー お〜れ〜た〜ち
がんばれ! がんばれ! お〜れ〜た〜ち
な、なに?応援団の飲み会か何かかしら。重厚なドアには張り紙がしてあり、こう書いてあった。
人生に絶望した老若男女、急募
河合円華は、何かに後押しされたかのように、その重厚なドアに手を伸ばし黒いドアを引っ張り開けた。開けた瞬間に聞こえてきたのは、やはり応援の声だったが、円華が入ってきた事に気づいた者たちが応援するのを止めるようなそぶりをした。そしてこの叫び声が聞こえてきた。
おかえりなさ〜い!今日も頑張ったな!!
さあさあ、入ってきて〜〜!
一人の声だけでは無い、お店の中は立ち飲み形式になっており、そこにいるお客のほとんど全員が、そう叫んだのだった。
わ、わたし初めてなんですけど。
円華は蚊が泣くような声で言った。
良いから良いから!入ってこんかい!
メガネをかけた長身の男性が手で招いてみせた。
前に倒れ込むかのように、一歩、一歩と円華は中に入っていった。
なぜか、大粒の涙が頬を伝っていた。
涙を拭いながら店内を見渡すと、外からでは想像もつかないほど普通の立ち飲み屋のようで、あちこちに大きな文字のポスターらしきものが貼ってあった。
金が無い奴は皿を洗え
働かざる者、喰う不可らず
今日も無礼講
スマイル1000円
店主は三郎
大声歓迎
コロナ退散
JIJI連合本部
良いから飲みない。とても渋い声で長身の男が優しく語りかけてきた。飲めるんだろう?ビールかい?焼酎かい?店内のお客たち全員がガヤガヤ何かを話しているのが聞こえてくるが、なぜか悪い気はしなかった。
じゃあ、ビールで。
円華は、長身の男の声に引っ張られるように、大きなはっきりした声で言った。
なんだい!声でるじゃんよ!
はいっ!
円華はここ何年もできなかったような笑顔を作って笑った。
名前はなんていうんだい?また長身の男が尋ねてきた。普通ならば答えるなどしないのに、円華は答えた。
か、かわいまどかです!
そうか、まどかか。
長身の男は優しく、でも図太い声でそう言った。
そして、叫んだ。
よっしゃ〜おまえら!まどかちゃんを、まどか!を〜!応援するぜ〜!
お〜〜〜!!
お〜〜〜!!
お〜〜〜!!
居酒屋伝助にいた全員が叫んだ。老若男女全員で叫んだ。
フレー!フレー!ま〜ど〜か〜!
フレッ!フレッ!ま・ど・か〜!
フレッ!フレッ!ま・ど・か〜!
フレッ!フレッ!ま・ど・か〜!
フレッ!フレッ!ま・ど・か〜!
おつかれ!おつかれ!ま〜ど〜か〜!
おつかれ!おつかれ!ま〜ど〜か〜!
がんばれ!がんばれ!ま〜ど〜か〜!
がんばれ!がんばれ!ま〜ど〜か〜!
全く知らない人たちなのに、
全く知らない人たちが、叫び続けた。
(な、何これ・・・)
涙が止まらなかった。
はいっ!おつかれさん!と長身の男が叫ぶと、応援が止まった。
あ、ごめん!三郎さん!ビールおかわり〜!俺も!私も!あ〜私も!と次々と客がビールを頼んでいると、大将の佐々木三郎は、厨房の中から叫んだ!
おらあ〜小林!ビール全部で何杯なのか、お客に数えさせろ〜!
はっ、はい〜!
円華の目の前で、居酒屋伝助の店員、小林は、まるで忍者かポップダンサーのような動きでオーダーをこなしていた。
(な、なんて凄いお店?)円華の体は、先ほどの大応援のせいか、身体中が熱を帯びていた。ライブの時にスピーカーの前にいて感じた振動とは違う。何かの心の底から熱くなるものだった。
運ばれてきたビールを一口飲むと、目の前の長身の男性がノッポと呼ばれているのがわかった。
円華は、勇気を出して話しかけた。
ノッポさん、とてもびっくりです。
な、なんかありがとうございます。今日も色々あって・・・。
と、円華が話をしようとすると、橋本洋二こと、ノッポは言葉を遮って渋い声で言った。
人生いろいろあるよな。仕事は大変だよな。まあ、今晩は忘れてくれよ。かんぱ〜い。ノッポは大きな手でビールジョッキを握り円華の前に出してきた。円華はノッポの心使いがても嬉しかった。そして元気に乾杯をしたのだった。
生きづらいよな。でも応援してるぜ。
でも、私はノッポさんのことしらないし、ノッポさんも私のこと・・・
そんなの関係ねえ、ここのお客はワンポーオール オールポーオール オールポーワンってんだから。
図太い大きな声で、ノッポが自慢げに言っていると、どうみても20歳代のサラリーマン風の男性が割り込んできた。ノッポさん!違いますよ!ワンフォーオールです!
ああ〜それそれ!そう、ワンポーオールね!
だ〜か〜ら〜、ワンフォーオールです!一人はみんなの為に、みんなはみんなの為に、みんなは一人のために!です!
まあ、どうでも良いよ!そういう事だぜ!
ノッポはバツが悪そうに言った。でも円華にはどうみてもノッポが格好良く見えた。
そんな話を円華たちがしていると、再び大きな黒い重厚な扉が開いた。
二人の常連らしきお客と、その後を追って入ってきた土岐駆郎だった。
(つづくかもしれない)
【あとがき】
こんにちは。シックスセンス管理人です。
見えない世界の観点からの話は今回はしません。(今回のフィクションは見えない世界の観点からだとツッコミは多々あるかと思いますがご容赦ください。)
年明け早々から辛い悲しい酷い事が起こっています。日常が非日常になっている。誰もが支えたい、支えられたいと思っている。こんな状況だからこそ、必要な事だってあると思います。誰もが誰かから応援されている。誰もが誰かから心配されている。そして応援だってされているし、誰もが誰かを応援していると思います。人は一人では生きられない。この話「JIJI-RENGO」大応援団は、2013年頃に書いた短編です。10年も前になるのですが、たまに、続編を書かないのですかとのお声をいまだに頂戴します。お恥ずかしい話、私自身もこの短編のファンであり続編を読みたいと思うのですからとても変な話です。日常の中にこそ幸せがある。そう改めて気づく機会が今回の震災でもあると思います。誰もが何かできないか。そして1日も早い復興を願うのだけれども、何をして良いのか分からない。私にできる事といえば文章を書き誰かを勇気づける事なのかとも思うのです。この話「JIJI-RENGO」はいつか書き上げたいと思います。お読み頂き有難うございます。シックスセンス管理人