SM鹿鳴館復興計画

文学として、妄想として、SMをアブノーマルな性癖を楽しみたい。三文ポルノやセックスの前戯のようなSMでは満足できない。そんな大人の秘密クラブとして存在したSM鹿鳴館。このブログは、その復興までのドキュメントです。 http://www.rokumeikan.net


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それでも文学を貫く

 朗読会だとか読書感想会というものを、一年以上も続けるようなマニアサークルが他のあっただろうか。そうしたことをしたことのあるマニアサークルは、それはいくつあったことだろう。そして、朗読だとか、研究会のようなものがイベントとして行われることも少なくなかったことだろう。しかし、一年以上という長きにわたってそうしたものを定期的にきちんと行ったという話を私は知らない。
 そうしたものは、知的ぶりたいマニアが行い、結果として、お茶をにごすていどになり、やがては日常の下世話に紛れてしまうものなのである。参加する人たちはもちろん、主催する側にしても本気ではないからなのだ。
 知的ぶって集まって、集まったら下世話な話をするのである。どんな朗読がそこで行われようと、どんな小説の感想を述べるために集まったのだとしても、結果は同じなのだ。いつも、私の元の彼はね、私が彼女を愛していた理由は、私たちが別れたのは、私がセックスを嫌いなのは、と、私という誰かどうでもいい人の個人的な話で終わるのだ。どんな高尚な小説も、屋台のおでん屋の愚痴話に結論させられてしまうのである。
 しかし、鹿鳴館サロンはこだわりつづけた。文学を個人の恋愛話や会社の愚痴に貶めようとする人たちを排除し、退屈で実りも利もない話に熱中してきた。その無意味さこそが遊びなのだと主張するように。
 もちろん、朗読会も読書感想会も指示されていたわけではない。女が裸になって縛られる会のほうが人は集まったことだろう。足の細くて長い女が全裸の男を踏むという儀式のほうが人は集まったことだろう。
 退屈で実りもなく、快感もなく、恋愛もないようなところに、お金を払ってくれる人は少なかったし、少ないに決まっていた。それでも鹿鳴館サロンは諦めなかったし、今も諦めてはいない。本当の遊びとは、ただの観客になることではなく、観客を魅了する演者となることだと鹿鳴館サロンは知っているからだった。席に座って提供される快楽を受け取るだけの消極的な遊びでは物足りないと思う人たちがいる。それを信じて、鹿鳴館サロンはあり続けようとしているのだ。
 朗読会も読書感想会も、最近では、O嬢の物語イベントを企画する会も、書き方講座も、人の集まりは悪くなった。直接的なエロのないものには人は集まらないものなのである。それでも、鹿鳴館サロンはそうしたものをたいせつに維持して行くのだ。なぜなら、それこそが鹿鳴館だからなのだ。そして、そうしたイベントの横に、緊縛や鞭や性的実験のイベントを並べたいのだ。それが並ぶこと、それこそが鹿鳴館サロンのエロだからなのだ。理解されないかもしれない。共感されないかもしれない。しかし、それでも、私たちは、踏ん張らなければならないのだ。そこで踏み止まらなければ、もう、そこにあるものは鹿鳴館サロンではなくなってしまうからなのだ。
 鹿鳴館サロンは仲良しサークルではない。鹿鳴館という思想であり、鹿鳴館という遊びそのものなのだ。人がいても鹿鳴館サロンにはならないのだ。私という執事がいるから鹿鳴館サロンなのではない。鹿鳴館サロンがあるからこそ、私という執事がいるのである。その覚悟が私にはある。あればこその鹿鳴館なのだから。

去って行く同志

 また一人、同志が去って行った。こうした別れにも、もう、すっかり慣れてしまっている。慣れてしまった自分が頼もしくもあり、また、怖くもある。いろいろと個人的な事情はあったのだろう。しかし、私は、その最大の理由は去って行く同志の孤独にあったと思うのだ。
 私も、このサロンをはじめるにあたって多くの友人知人仕事仲間をあてにしていた。そうした人たちが来てくれるだけでサロンは賑わうのではないかと、そんな錯覚もあった。ところが、現状はそうした人たちはほとんど、いや、もはや、まったくと言ってもいいほど来ていないのだ。
 彼女が鹿鳴館に関わり、イベントを行うと言ったとき、私は、正直、彼女の昔の仲間がまた集うのではないかと考えていた。彼女によって、ひとときの楽しみを与えられた人たちが少なくないことを私は知っていたからなのだ。彼女自身にも、そうした期待は少なからずあったような気がする。もちろん、私の思い過ごしなのかもしれないが、自分のことに照らし合わせて考えると、そうした気持ちがまったくなかったとは思えないのだ。
 ところが、そうした人たちは、冷たかった。
 それは仕方ないことなのかもしれない。今の人たちは、安価で手軽ですぐに楽しめるものばかりを求めている。彼女の育てようとするものを一緒に育てようとするよりも、目の前に出された楽しみを楽しむほうが手軽でいいのだ。
 私はいくつものサークルに関わってきた。どのサークルも最初はたいへんなのだ。しかし、そのたいへんなサークルを一緒に育てようとする仲間はすぐに集まったものなのだ。そこにある快楽に手を出せば、手っ取り早く快楽は手に入るというのに、わざわざ将来あるかもしれない快楽に手を出す人が少なくなかったのだ。そして、そうしたサークルの初期メンバーとなることをステータスと考えるマニアも少なくなかったのだ。
 ところが、今は、そこに快楽がなければ人はすぐに集まらなくなる。昔の仲間さえ、目の前に楽しみをぶらさげてもらえなければ協力などしないものなのだ。
 そこに裏切られたという気持ちと、信頼を失った者の孤独があるのかもしれない。
 マニアなどと言ってはいるが、やはり、手にしたかったのは、信頼できる仲間との楽しいひとときであることは間違いない。それがあればこそのマニアであり、それを奪われてしまえばマニアである意味すら失ってしまうのかもしれない。そうして彼女はいなくなったのかもしれない。
 たくさんの同志が鹿鳴館に集った。しかし、同時にそれはたくさんのマニアを失うことでもあった。
 子供の頃。カギっ子と呼ばれ、親の帰りを公園で待った。家には誰もいないのだ。夕暮れになると、一緒に遊んでいた子供がひとり、また、ひとりと家に呼びもどされて行く。あたりは暗くなる。しかし、私のところには誰も迎えが来ない。最後には必ずひとりになった。ひとりになると、それまで楽しく見えていたブランコも滑り台も、なんだか恐ろしい物に見えてくるのだ。それでも私は、家に帰る孤独を選ばず公園に残った。もしかしたら夕食を終えた誰かがもどって来るかもしれない、そんな期待をして。しかし、当然のように誰ももどって来ることはなかった。
 私はときどき、自分はまだあの公園の中にいるのではないかと思うことがある。

仲良しクラブではない

 マニアサロンと言ったところで、結局は、人の寄り合いである。人が寄り合えば、どうしても仲良しクラブ化してしまう。そうした傾向を持たせないのは難しい。難しいが、鹿鳴館サロンは、あえてそれをしたかったのだ。
 鹿鳴館サロンは、たくさんのルールやコンセプトに縛られている。しかし、そのルールの中に友情はない。あるとすればサロンに対する愛情ぐらいなのだ。つまり、今、サロンの中心にいる執事や舞衣さんと仲がいいことは、サロンの運営維持とはまったく無縁のことだということなのだ。
 しかし、そこがなかなか理解してもらえない。
 執事や舞衣さんとの仲良しクラブだと思っている人が多過ぎるのだ。鹿鳴館サロンが、その当初、もっとも嫌ったサロンの形態がそれだというのに。
 執事、つまり、私も人間であるから、嫌いな人もいれば好きな人もいる。しかし、それはサロンとは関係ないことなのだ。私が嫌いでもサロンで中心的に振る舞えばいいし、私が嫌いでもサロンでイベントを仕切っていいのである。もちろん、その人を好きか嫌いかということに関係なく、私も舞衣さんもできるかぎり協力することだろう。逆に、私がどんなに好きな人でも、その人が鹿鳴館サロンに合わないなら、その人の出入りは禁止せざるをえないのだ。それがサロンというものなのだ。
 私たちは、鹿鳴館というルールを見張っているに過ぎない。ルールが無視されるなら退場してもらうしかない。そのジャッジをしているだけなのだ。ジャッジするのに、その人間を好きか嫌いかとか、その相手が友達かどうかは考慮しないし、すべきではないのだ。
 鹿鳴館サロンは仲の良い友達の集まるサークルではない。同じ思いとか志を共有する同志の集まるサロンなのである。そのサロンが理想とするところも、何も私が理想とするところと完全に一致するというものでもないのだ。しかし、それでいいのだ。いや、そうでなければいけないのだ。鹿鳴館サロンは私のサロンではない。そこに集う人たちの理想が少し少し現実化していく、そうしたサロンなのだから。

いつまでも残る遊び

 あの頃、鹿鳴館サロンを作ろうとして、しばしば私たちが、いろいろな夢を語り合ったあの頃、私たちは、形に残る遊びというものを提案しようとしていたのではないかと思う。私たちは、雑誌を作っていた。マニア雑誌は、私たちの仕事場だった。しかし、そこは同時に私たちの遊び場でもあった。
 私たちは、マニア雑誌という自分たちの遊び場にいながら、他の遊び場に足を伸ばした。カップル喫茶、ハプニングバー、SMパブ、マニアサークルなど、その呼び方はさまざまだった。しかし、そうした遊び場はどれも共通して、その瞬間の快楽でしかなかった。それはそれでいいのだ。刹那の楽しみというものを私たちは否定しない。しかし、そこにいない人、その時間にこの世界に存在さえしていない人をも巻き込むところの遊びというものにも、大きな快感がある。私たちは、そちらの快感について提案したかったのかもしれない。
 マニア雑誌は、どこまでいっても三文雑誌である。どれほど売れても、話題になっても、衝撃を与えても、いずれは消えて行く。三文とは捨てることに抵抗のない価値ということなのだから、それはそれで仕方ないことなのだ。
 しかし、その三文が時代を超越して価値を持つことがある。そうした価値を私たちは夢見たのかもしれない。
 それが鹿鳴館サイトであり、そこに集う人たちの小説であり、詩であり、今なお私たちが夢見ている鹿鳴館個展の開催であり、O嬢の物語にまつわるイベント計画であり、朗読を中心とした鹿鳴館ラジオの配信なのだろう。
 射精とかオーガスムを頂点としないところの性、そうしたものに私たちは向かっているのである。その夢が実現するかどうかではない、そこに向かっていることこそが鹿鳴館サロンの楽しみなのである。

私たちのSM

 私たちは、優雅に変態を遊びたかった。
 たとえばそれは、誘拐された女が食料倉庫に監禁され、汗と泥に汚れた男たちに陵辱され、そして、ねずみの隣りで死んで行くというようなSMではない。
 たとえばそれは、誘拐された貧しい女が館に監禁され、テレビの中にしか見たことがなかったようなパーティドレスを着せられ、タキシードの男たちに陵辱され、バラの敷き詰められた棺桶に入れられて海に流されてしまうようなSMなのだ。
 そうした幻想と妄想こそがSMなのだと私たちは考えていた。
 ストリップ小屋の壁は、そこここが剥げ落ち、カビの臭いに満ちている。中央の舞台を囲んで下卑た男たちがヘラヘラと笑っている。そこに全裸で吊られる。そんなSMが嫌だったのだ。
 スーツを来た男女が嘲笑する中で、全裸にされ、吊り上げられるが、そんな自分を見る者さえなく、男女は、その日のワインの味について談笑している。一人の女性が近づいて来て「辛くない」と、尋ねられたが、その言語はフランス語だった。そんなSMを妄想したかったのである。

SMプレイと鹿鳴館サロン

 鹿鳴館は行為としてのSMとか変態というものを嫌っているのだ、という誤解がある。鹿鳴館は文学派だとか、妄想だとか、会話というもののたいせつさを主張している。それがゆえに、中には、行為としてのSMは否定しているのではないかと思う人もいるようだ。それはそれで困ったことではない。そうした誤解のままにあってもかまわないのだ。
 かまわないので、そうした誤解は放置してきた。
 しかし、実際には、鹿鳴館が行為としてのSMや変態を嫌っているわけではないのだ。
 ただ、鹿鳴館サロンを開けるのに、そうした行為目的の人たちが集まること、それを嫌っただけなのである。
 最初は、男性一万円、女性無料のサロンとなる予定だった。いかにも、男性にはエッチなことを期待させ、女性には覚悟を強いる値段設定である。しかし、そうしたサロンには結果としてできなかった。そうしたサロンを開けば、料金分だけでも女性の裸を見て帰りたい、料金分だけでも女性に触れて帰りたい、と、そうしたギラギラした男性ばかりが集まると考えたからだ。
 彼らの目的はSMなどではない、女性といちゃいちゃしたいだけなのだ。マニアだというが違う、マニアを名目に女性に触れようとしているだけなのだ。そうした人の中には縛りが上手な人もいることだろう、器用な人はいるものだから当然である。しかし、そうした人と、マニアは行為は同じだが、明らかに違うのだ。鹿鳴館サロンは、マニアは集めたかったのが、マニアという仮面で女性にスケベ目的で近づく男性とは離れたかったのである。
 理由はかんたんだ。前者は会話や小説を楽しめるが、後者は行為しか楽しめないからだ。後者の人たちは、会話がはずんでいたとしても縛れる女性が来れば、すぐに縛ろうとする。何もこれは男性ばかりの話ではない。女性にしたところで同じなのだ。会話には退屈し、すぐに行為を求める女性たちは、女性であったとしても鹿鳴館サロンでは集わせたくなかったのである。
 今夜はとことん会話を楽しみたかった。でも、ここまで盛り上がって、さあ、縛られてみようという女性もいるなら、それなら、今夜は縛ってみましょうか、と、そうして行為に及びたかったのである。
 結果は同じである。
 しかし、鹿鳴館サロンは、結果として同じものだが、この違いにこそこだわりつづけたかったのである。

もてるもてない

 昨夜、もてる男性という話が出た。私は当然だが、もてない男性だった。もちろん、そんな私でも、いっしょにお茶を飲んでくれたり、食事をしてくれるような女性なら、たくさんいる。それがもてるということなのだ、と言われるなら、それはそうなのかもしれない。
 しかし、女性との遊びの最終目標が性にあるとするなら、やっぱり私はもてない。
 もてない男性ともてる男性はどこが違うのか。昨夜、そうした話になった。
 もてる男性というのは、女性を求めていないというのだ。もちろん、男性だから、女性と遊びたがっているのだ。できれば、一緒にお茶を飲みたい、食事がしたい、ホテルに行きたいと思っている。思っているのは同じだが、もてる男性は決してそれを出さない、というのである。それを出さずに、その場を楽しませようと努力する男性がもてるのだというのだ。
 確かに、サロンでも、男性は二種類の分かれる。女性を口説きたいという意識が前面に出ている人と、このサロンで共有している時間を少しでも楽しんでもらおうとする男性だ。後者の男性は確かに女性たちに人気がある。女性を口説こうとする男性は、自分の気に入ったタイプの女性とばかり話そうとするが、その場を楽しませようとする男性はそこにいる女性がみな平等に楽しめればいいと考えている。口説こうとしていないので、全体が見えているのである。それが女性に好感を与えているわけだ。
 もてない男性は口説きたいので、自分の好きな話だけをする。縛りの話ばかりしたり、鞭の話ばかりする。また、縛りの日にしか来なかったりもする。しかし、もてる男性は、いろいろな話で女性を楽しませるし、自分の好きなイベントでなくても、女性が好みそうなイベントには参加して、そのイベントに参加している女性を楽しませようとする。朗読会に女性同伴で来て、最初から最後まで寝ているような男性もいる。しかし、そうした男性はもてるのである。なぜなら、その男性は、ちゃんと女性につきあっているからなのだ。ギラギラとSMのことばかり考えているわけではないからなのだ。
 もちろん、SMとセックスだけでいいという女性もたくさんいることだろう。ただ、そうした女性は、鹿鳴館サロンには集まらないようなのだ。
 もてるようになるのは、難しいことだ。しかし、難しいようで、かんたんなようにも思えたりする。おかしなものである。

純粋さを求めて

「金が欲しいだけなら強盗でも泥棒でもすればいいんだ」と、私に言った男がいた。なるほどその通りである。ビジネスの目的は、確かに利益の追求にある。しかし、利益があればいいというものではないのだ。
 別に綺麗ごとを言おうというわけではない。儲けのないビジネスの言い訳けをしようというのでもない。
 ただ、鹿鳴館サロンが、本当に利益だけを求めるなら、もっと、利口なやり方がいくらもあったということも、また、事実なのだ。しかし、それは仕方なかった。仕方ないどころか、サロンでは、あえて利益追求には逆行するようなこともやる。その理由は何か。
 それは、純粋さなのだ。純粋なのは素敵なことだと言うものでもない。恋愛だって性愛だって純粋過ぎれば、人間としてはダメなのだ。それでも、鹿鳴館サロンは純粋でありたかった。どこで純粋でありたっかたのかと言えば、遊びにおいて純粋でありたかったのだ。子供の頃の遊び、それはスポーツなどではなかった。学問でもなければ、政治でもない。あえて大人社会に照らして言うなら、子供時代の遊びは冒険だった。冒険とは、何も山や森に分け入ったり、海原に船を出すことばかりではない。
「向こうの公園には、ここよりも大きな滑り台があるんだ」
「あの工場跡には、ネジがたくさん落ちているんだ」
 それが冒険であり、遊びだった。
 鹿鳴館サロンが本当に求めたもは、そうした純粋さだったのである。
「こんなことをするのが好きなんですよ」
「こんなことをしたら面白いですよ」
 それだけが目的だった。純粋なビジネスを成立させたかったのである。

SMのムーブメント

 七月、八月と、よたよたながらも、かろうじてサロンは黒字になった。黒字といってもスタッフの給料が出るというほどではなく、関係者が無料働きして、それでサロンには数万円の黒字が残るという程度だった。それでも、五月六月の大きな赤字月と比較するなら、小躍りしたいほど嬉しいのだ。
 六月には、本当にサロンをいよいよ閉めるべきかと関係者と何度となく話し合ったほどなのだ。もう一度だけ借金して、なんとか、あと二ヶ月だけ続けて、それで閉めよう、そう話し合った。サロンの借金は相当な金額になる。もはや、多少の黒字では、この借金の金利さえ埋められないほどなのだ。
 それでも、私たちは、サロンを残したかった。やりはじめたことを止めることは敗北なのだという私の美意識もある。しかし、それだけなら、さっさと閉めたかもしれない。サロンにはそれ以上の思い入れがあった。
 サロンに集う人たちの、それぞれの才能が私は好きだった。詩や小説が掲げられた変態サロンというのが面白かった。変態でもなけりゃ詩なんか書けるもんか、という私の思いが実った気がした。それが愉快で仕方なかった。愛だの正義だのじゃあ、つまらないものしか書けない、そうした思いがサロンの人たちによって実証されているようで心地良かった。この火や絶やせない、そう思ったのだ。
 問題は同じ思いを持つ人が、意外なほど集まらなかったというところなのだ。集まらなかったわけではない。集まっているのだ。しかし、その数がサロンを支えるにはあまりにも少ないのだ。
 サロンは飲み屋ではない、SMにおけるひとつのムーブメントなのだ。だからサロンの料金はカンパなのだ。プレイだけがSMじゃない、文学と芸術と写真がSMなんだ、というムーブメントなのだ。これさえ理解されれば、きっと、このムーブメントを止めてはいけないという人たちが集まってくれるはずなのだ。集まってくれるはずなのだ。きっと。

人間ドラマ

 ひたすら愚痴をこぼすだけのような、こんなブログのファンという人もいてくれるようだ。
 そもそも、このブログは、マニアを相手にビジネスを考える人たちの参考になれば、と、はじめたものなのだが、このブログのファンだという人たちは、人間論のひとつとして、これを楽しんでいるらしい。それはそれで書き手の私にとっても面白いことなのだ。
 確かに、人間というものが、こうしたビジネスには見え隠れする。恨みや妬みは私の得意なネタだが、それ以外にも、さまざまな人間模様がある。諦め、裏切り、恋愛、仲間意識、帰属意識、共感、違和感、およそ人間が持つあらゆる精神性が、このビジネスとともに現れるのだ。そりゃビジネスは人間が人間のためにやる行為であるから、どんなビジネスでもどこか人間臭いものだとは想像していたが、しかし、ここまで人間臭いとは思わなかった。
 少なくとも雑誌や映像を作ってそれを販売するというビジネスは、ここまで人間臭いことはなかった。売り手と買い手の間に接点などほとんどなかったからかもしれないが、少なくと買い手は人情で雑誌を買ったりはしなかったものだ。しかし、サロンというビジネスはそうはいかない。情にもうったえなければ運営できなかったりするのだ。
 自分に興味のないイベントでも、自分はサロンの常連なのだから、ここは参加しておこう、という人たちがいる。情にうったえられているわけだ。しかし、そうした常連の情がなければイベントさえ成り立たないのがサロンというビジネスなのである。とくにマニアサロンはそうなのだ。
 私たちは、販売しか経験がなかったので、最初は、そのことで戸惑っていた。しかし、最近は、そうした人間臭いビジネスが少しばかり面白くなってきた。サロンのお客とおかしな形の恋愛が成立しているし、家族愛のようなものも感じるし、もちろん、仲間意識は当然のようにある。ここまでの人間臭さは雑誌販売や映像販売にはなかった。せいぜいが作り手同士の仲間意識ぐらいのものだ。売り手と買い手の間に仲間意識が芽生えるなどということはなかったのだ。
 しかし、その人間臭さが面白さであると同時に、また、難しさにもなる。それがマニアサロンというビジネスらしいのだ。さて、その難しさをどう乗り越えて行くのか、人間ドラマとして、このドキュメントをこれからも楽しみにしてほしい。もちろん、結果は私にさえ分からないのだ。
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