6月30日、NHK総合テレビの「SONGSスペシャル 宇多田ヒカル」を見た。

 

彼女のファーストアルバム『First Love』は当時どれほど聞いただろう。大好きだった。


「Automatic」が入っているこのアルバムには想い出もある。

 

ただその後は彼女を追いかけなかった。


それでも気になる存在であり続けた。

 

 

 

 

しばらく彼女の言葉を聞いていなかった。


歌よりも話を聞きたかった。

 

 

このひとは、母親譲りの才能を持っている稀有な存在だと思っていた。


ただ、それだけではないものが何か掴めなかった。

 

彼女は、先が見えない確定できない世界で生きてきたという。

 

母との関係性で生まれたものだろう。


藤圭子の生涯については、詳しいひとも多いだろう。

 

彼女にとって<母>とはなんだったのか。

 

 

インタビューは<ことばの世界>についてだった。

 

文学的にことばと思っていたら、哲学的なことばも入ってきた。

 

 

彼女のプロフィールを調べていたら、好きな本は稲垣足穂や夏目漱石の『こころ』ドストエフスキー『罪と罰』埴谷雄高『死霊』・大岡昇平『野火』遠藤周作『沈黙』とある。

 

これは尋常ではない。

 

特に『死霊』は最も難解で精神性が高い作品だ。

 


音楽評論家の中には、彼女の作品には独特の死生観や宗教性を感じるというひともいる。

 

だから宮沢賢治が大好きと聞いて驚いた。

 

そういえば彼女の亡き母と賢治は同じ岩手県花巻市出身だ。

 

 

『わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとおった風をたべ、

桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。』

『注文の多い料理店』序 宮沢賢治

 

 

今でも、これほど繊細で美しい表現ができるひとはいないと思う。


彼こそ、死生観と宗教性を持ち続けたひとだし、『銀河鉄道の夜』はそのものだ。

 


番組で引用されたことばだ。

 

『何がしあわせかわからないです。本当にどんなに辛いことでも、

それが正しい道を進む中の出来事なら峠の上りも下りも

みんな本当の幸せに近づく一足づつですから。』

宮沢賢治「銀河鉄道の夜」

 

 

あの汽車は黄泉の世界へ向っていた。


ジョバンニと一緒に乗っているカムパネルラは既に亡くなっている友人だ。

 

 

 

 

 

ニューアルバムの詩の一部を紹介したい。

 

『あなた』では 『あなた以外帰る場所は 天上天下 どこにもない』

 

『嫉妬されるべき人生』では、

 

『母の遺影に供える花を 替えながら思う

 

あなたに先立たれたら あなたに操を立てる 

 

私が先に死んだら 今際の果てで微笑む』

 

こんなことばを生めるひとが今どれほどいるだろうかと思う。

 

詩人と呼びたい所以だ。

 


彼女は<祈り>ということばを使っていた。

 

 

賢治と彼女に通じるものとして、何か<本質的な孤独>を感じるのだ。


彼の寂しさには、詩<永訣の朝>に表現されている妹トシの死による喪失があった。


確かに、トシの死に苦しみながらも、法華経を通して<ぜんたいのしあわせ>を希求した。

 

彼女の詩はとてもシンプルで詩のように見えないかもしれないが、よく読むと深淵なものを感

じる。

 


根源的なものを突き詰めているのか。


存在そのものを追求しているのか。


<時間>をうたっているのか。

 

 

小説家の吉本ばななさんのことばだ。


重要なことを書いているので長いが紹介したい。

 

『宇多田ヒカルちゃんについて。会ったことないし年が違うし顔も違うし運動神経ないし歌も歌えないけど(笑)、この世の中で、私の苦しみがたったひとりわかる人がいたら、あの人だと私は思う。「点」を読んでますますそう思った。

ある程度の人数が彼女の世界に自分を重ねていると思うが、そういう、創作の問題ではなく、このタイプの感性を持ち、家族にも恵まれているように見え、友達も多く、贅沢に見える人生なのに、現実界で同じくらい絶望したことがあるしかも女性というとあの人だろうと思う。


いつまでも自分が自分にフィットせず、同じ逃げ方をし、同じごまかし方をし、それが自分に

とって誠実だったとしても、同じようにずるいと責められただろうと思う。

同じくらいひどい目に会い、なにくそと乗り越えたが、もう空しさからは逃げられない。

一生分の苦悩と空しさを知り、死ぬことさえゆるされなかった仲間だ。

私たちはなんのためにこの人生になったのか、いつかお互いが同じ、静かな答えにたどりつく

といいと思う。』吉本ばなな

 

宇多田ヒカルは、抜群に歌がうまいが、本質的にはことばのひとではないか。

 

現実にどのような<差異>を感じているのか。


そのことをまるで絹織物を紡ぐように、そしてことばを削ぎつくし、磨き上げているようだ。


これ以上ないほどに考えつくして最後に残ったことばだけが詩になっている。

 

ニューアルバム【初恋】の全ての曲の詩(歌詞)が特設サイトに書かれている。


異例のことだし、意図があってのことだろう。

 

最近は、ことばを届けようとするミュージャンが少ないと感じている。

リズムやメロディだけではこころの深いところには届かない。

ことばは、リズムに当てはめてもパズルの一部ではない。


ことばに<状況の雰囲気>が見えてくるほうがうれしい。

 

スガシカオや水曜日のカンパネラのように。

 

宇多田ヒカルの詩は、<永遠と死>というテーマがいくつかの曲に書かれていると思う。


彼女と吉本ばななさんとは、何か通じる気配がするのはなぜなのか。

わからないけれど、たぶん当たっている。

                            

好評だったので再放送がある。

 

NHK総合「SONGSスペシャル 宇多田ヒカル」再放送

2018年7月7日(土)25:55~。録画がお勧め。

 

またプロフェッショナル 仕事の流儀「宇多田ヒカルスペシャル」も放映される。

 

7月16日(月・祝)総合 後10:00

 


わたしは詩を書くことを忘れてしまったが、彼女の詩を読んでいて、まだ<詩>は力を持って

いると思った。

 

 

彼女のことばに触れて、水晶のように光る涙を拭いてみたいとおもった。

 

涙は、きらきらと光りながら、ひんやりとした空気に触れて結晶化を始めていた。

 

その結晶体を天の川へ持っていったのは、きみだろうか。

 

涙のなかに<ある祈り>があったことを伝えておけばよかったのだ。

 

 

「本当のことはなんだろう、真実はなんだろう 

それを探すことが、私にとって希望を持ち続けるということ」 宇多田ヒカル