2014年にドラマ「血族」の記事で、テレビドラマの脚本家の早坂さんを書いたことがある。
昨年12月に亡くなられたが、すぐには記事を書けなかった。
わたしには、あまりにも大きな存在だったから。
先日、NHKBSでドラマ「花へんろ」の特別編を放映していた。
また、「早坂暁を探して、桃井かおりの暁さん遍路」という追悼番組もあった。
そして、未完成の遺作「春子の人形(花へんろ特別編)」を放映していた。
ファンとしては、様々なことが思い出されて感慨深かった。
わたしが最も影響を受けた10人のなかに入る人だと思う。
計り知れないものをいただいた。
脚本家としては、先日亡くなられた黒澤明監督の映画の脚本を多く書かれた
橋本忍さんと並ぶ偉大なひとだと思う。
早坂さんを知ったのは、NHKドラマ「血族」だった。
子供のころ、父親の仕事がなんだったのか、よくわからず不思議な思いでいた主人公が
大人になって調べたら、父は売春宿を経営していた。
それを知った彼は、愕然として誰も信じられなくなり、気がつくと自分のルーツを探していた。
疲れきって最後に、田舎にある母親の一族の家に辿りつく。
彼を向えに親族が家から出ていたところを見つけ、彼が慟哭するシーンを生涯忘れることができない。
彼は、そこで救済されたのだと思う。
今も再放送を待っている。
もうひとつはドラマ「新・事件」。
夜の繁華街で男がホステスに誘われてラブホテルに入る。
事件は、女が首を絞められた死体が発見されて始まる。
加害者も被害者も互いに偽の名しか分からない幽霊裁判となった。
実は、部屋で話をしているうちに、女はわたしを殺してくださいと男に懇願する。
男はそんなことはできない。
じぶんも田舎から出稼ぎに東京に出てきたが、建設現場でけがをして
働くこともままならなくなってきた。残るお金も少ない。
故郷には、女房と子供がいるが、もうこの身体では帰れない。
そんな境遇を話していると、女はどうしてここにいるのか話しはじめる。
田舎で夫と義理の母と暮らしていたが、生活が苦しい。
病気で寝たきりの母がどうしても聞いて欲しいことがあるという。
わたしの病気は治らない。あなたたちにもこれ以上迷惑をかけられない。
どうかお願いだから、わたしを小船で湖の中まで連れて行ってもらえないか。
それは姥捨ての懇願だった。
彼女は悩み苦しんだ末に、小船に母を乗せて湖を進む。
このあとの湖から少しずつ消えていく母の声と姿のシーンを忘れることがではない。
彼女は、わたしはこんな酷いことをした人間だから生きている資格がないという。
このふたりの境遇をどう考えればいいのか。
先日、ようやく再放送を見ることができたがやはり慟哭してしまった。
ドラマ「夢千代日記」。一番有名な作品だろう。
夢千代は、母の胎内で被爆した原爆症の女性。
彼女と色んな事情があって「行き場がなくなってしまった」ひとたちの物語。
境遇に通じるものがあるのだ。
夢千代だからこそ、芸者の仲間達を必死で守ろうとしかのかもしれない。
彼女たちも必死で夢千代を守る。
恋もするが、死に至るかもしれない病のゆえ、想いをことばにすることができない。
「花へんろ」
早坂さんは、愛媛県松山市生まれ、お遍路さんを子供のころから見ていた。
彼女たちは、色んな悩みを解決したくて遍路をしていたのではないか。
ドラマ「花へんろ」は早坂さん自身の物語だった。
未完の遺作「春子の人形」は、後輩が完成させた。
ドラマでわかったこと。
彼には、春子という妹がいた。戦時中の実話だ。
ふたりはとても仲がよかった。
軍国少年の彼は、山口県の防府の海軍兵学校へ行く。
実は妹は、お遍路さんが彼の実家の前に置き捨てられた赤ん坊だった。
彼女が大きくなると母から、あなたはそういう事情があるのだから
お兄ちゃんと一緒になってもいいんだよと打ち明けられる。
彼女は、おにいちゃんに会いに行く。
広島について、防府行きの汽車に乗り遅れて、やむなく旅館に泊まる。
そして次の朝、これ以上の残酷なことがあるだろうか、彼女の頭上で原爆が炸裂した。
彼はそのことを知らないまま、防府から救援活動のために広島へ向かう。
しかし彼が見た広島は凄惨な地獄だった。
春子を探すが見つからない。
早坂さんの戦後は、なんと将来妻になるだろう愛する妹の死を知ることから始まるのだ。
どれほどの苦しみを通ってきたのだろう。
だからこそ、<にんげんのおもい>を描いた傑作を作り続けたのかもしれない。
戦後、芝居好きだったため、脚本を書き始める。
生涯、反戦、原爆反対の意思を貫いたひとだった。
なお、血族・事件・夢千代日記はテレビドラマ史上の傑作であり、この三人が
集って作れたことも大きいと思う。黄金の三人だ。
脚本*早坂暁 演出*深町幸男 音楽*武満徹(事件は別)
いったい、わたしはこれらのドラマの何に感動したのか。
魂が震えるほどのショックを受けた。
ことばにすることが難しい現実があることも知った。
善とか悪とかいうことばの世界ではなく、様々な事情、
それはそのひとの思いとは別のことで起きることもある。
早坂さんの世界にある本質は、<行き場が無くなってしまった人々への、
限りなく優しい視線なのではないか>と思うようになった。
その眼差しこそ、人間にとって大切なものではないだろうか。
誰もが弱いのだ。
誰が悪いといってどうなるものか。
じぶんの出生や、親を恨んでどうなるものか。
それでも生きていかなければならないときはどうするのか。
身を寄せ合い、互いに助け合って生きていくしかないのだ。
それらの人々への優しい眼差しこそ、いまもわたしたちに必要なものかもしれない。
彼は、春子のことを書いた脚本を完成させることはなかった。
どうしても書きたいが、完成できなかった最後の本となった。
人生とは、そういうものかもしれない。
桃井かおりさんが、早坂さんについて熱く語った1時間は、そのことを教えてくれた。
あの人がいなかったら、いまのじぶんはいないと。
いつも優しい眼差しがあったと話していたから。
早坂さん、ほんとうにありがとうごさいました。
これからも再放送等で、あなたの慈愛は、わたしたちに伝わり続けるでしょう。
作品を通して平和への願いも。
これからもずっと。




