今置かれている状況にどう対応してい
いのか、考えながら生活している。
じぶんでも未経験のことで精神が疲弊
していると思う。突然眠りに落ちてしま
う。爆睡というよりも、白昼夢のようだ。
北海道の緊急事態宣言の解除はいつ
なのか。こころは落ち着かない。
もう3カ月だ。解除されている地域がう
らやましい。25日という説もあるがど
うか。北海道は経済力が弱い。企業
もどこまで持つのか心配だ。いずれ
にしても大きな何かに拘束されたよう
な気持ちだ。
数日前、仕事の途中に大好きな場所
を通ったら、思わず車を止めて写真を
撮っていた。なんて美しい光景だろう。
函館の元町ハリストス正教会だ。
椿の木の横でふたりの子供が何かを
見て遊んでいた。大きな違いに気づい
た。周りに人がいない。本来なら観光
客で溢れている場所だ。景色そのもの
がよく見えるのは珍しい。
ルネ・クレールの1923年の「眠るパ
リ」というサイレント映画の傑作を思
い出した。突然時間が止まったパリ
を主人公が歩き回る作品だ。ここも
時間が止まっていたのだ。わたしは
なぜここにいるのか。そんな気持ち
になっていた。
先日NHKBSでスぺイン風邪の特
集をやっていた。モーニングショー
等でよく岡田教授が秋から冬にか
けて第2波がくると思うので、準備
をしておく必要がありますと話して
いたから。
1918年のスペイン風邪の歴史を
始めて知り茫然とした。始めて感
染力の強さを知り震えた。新型コ
ロナウィルスはまた冬に訪れると
思う。コロナウィルスは風邪のウ
ィルスの一種だし、風邪やインフ
ルエンザが流行するのは冬だか
らだ。
人類は、100年経過してウィル
スとどれほど戦う力をつけたの
だろう。おそらくまだまだなのだ。
ワクチンはあと2年はかかりそ
うだ。HIVのワクチンですらまだ
ない。
第2波、第3波は訪れるだろう。
北海道には第2波が来ていると
いうのとは意味が違うのだ。
スペイン風邪の第2波は11月
におき、日本でも爆発しある病
院の入院グラフでオーバーシ
ュートしていた。当時は阿鼻叫
喚だったろう。その数か月後に
起きた死者は第3波のほうが
多い。全世界5憶人のうち400
0万から1憶人が亡くなったとい
う。ものすごい数字だ。
気温が暖かくなるとウィルスは
不活性化して、気温が低くなの
と活性化するのだろう。湿度も
関係する。いまだに防護服が
足りないという話を聞く。
いまから第2波に備えなければ
ならないと確信した。マスクはあ
るが、除菌スプレーや必要備え
を考えてみよう。
新しい生活様式に早くなじんで
かつこれから台風や地震の際
のコロナ対策を考慮した避難
も必要だと思う。行政は対策に
動き始めたのだろうか。
第2波は想像を超えたものにな
る可能性が高いのだ。パリの辻
仁成も最新のブログで訴えてい
たので驚いた。それは世界のコ
ンセンサスなのだろう。
尊敬する映画監督のアンドレイ
タルコフスキーは遺作の映画の
ラストシーンでこんなセリフを使
った。「一つの目的を持った行為
は、いつか効果を生む。時々自
分にいい聞かせる。」毎日欠か
さずに、正確に同じ時刻に同じ
一つの事を儀式のようにきちん
と同じ順序で、毎日変わること
なく行っていれば、世界はいつ
か変わる。必ず変わる。変わら
ぬわけにいかぬ。」
彼は人類の終末から救われることが
できるのか生涯考え続けそれが作品
になった。彼はあるヒントを教えてくれ
たのかもしれない。
無意味や無価値に見えること
でも、信じることの価値を。
彼は日本を愛していた。
世阿弥の花伝書にある能の「形から
入り。形から出る」ことや「所作」につ
いて通じる考え方でもある。
ひとが行った行為には、意図がある。
それはひとつの価値ではないか。
その価値に希望の思いを込めれば、
その行為は必ず何等かの結果を
生むだろう。無価値のものなどない。
そのひとの思いの中身によるものだ。
世界はいつか変わる。必ず変わる
とわたし信じているのだ。いまは時
計が逆回転していても。
多くのひとのこころの底からの希望
の集合こそが、人類を救うのかもし
れない。

