シュルレアリスムの絵画について、なぜかあまり書いていない。

よくわからないのだけれど、理論的になってしまうこと。

例えばマグリットは「デペイズマン」をよく使ったとか。


デペイズマンとは、「本来あるべき場所から物あるいは、イメージを通し移して、別のところへ

配置したときに、そこに驚異が生まれるということ。」巌谷國士


画家の生涯というものにも、あまり関心を持とうとしないのかもしれない。

どうしても心理学的になってしまう。

たとえば彼の少年期に母が自殺をしたとか。


マグリットはベルギーの画家だ。

以前紹介したポール・デルボーも同じベルギーだ。

マグリットはジョルジュ・デ・キリコの絵を見てシュルレアリスムの世界へ入っていく。

デルボーはマグリットに影響を受けてあの美しい世界を作り上げる。


いずれ愛するキリコ・マックスエルンスト・マンレイ・マルセルデュシャンたちのことを書いていきたい。

彼らへの思いがありすぎて書けないのかもしれない。


マグリットについて多くのことは知らない。

いやその必要性をあまり感じさせないアーティストではないか。


彼はイメージというものを最も大切にしていた。

それは空間をどのように使うか。

彼の好きな「魔法」によって作られた世界かもしれない。


頭に布を被ったひと。

顔がわからない。

山高帽は多くの作品に登場するが、出てくる人間には、まるで表情が感じられない。

これはデルボーにも共通している。


わたしも描いた油絵には、顔のない紳士がいた。

それは人間の非在を暗示しているように思えていた。

マグリットの影響は大きかった。

なんとも言えずひんやりした世界が気持ちがいい。



空は明るいのに、家の周りは夜。

「光の帝国」

$絶対への接吻あるいは妖精の距離


違う時間を同じ空間に置いた不可思議な美しいタブロー。

彼の最高傑作というひともいる。


絵の中と外の世界が繋がっていたり、空間の魔術師といってもいいだろう。

不思議なことにあまり暗さを感じない。

むしろそれは透明感を強く感じる。


イメージとはなにか。

言葉とは何か。


絵の題名は「これはパイプではない」という作品もある。

しかし絵にはパイプしか書かれていない。


それはシュルレアリスムの思想である、目の前に見えるものは真の現実なのか。

その現実をいかに見極めるか。


もしかするとそれは現実ではないかもしれない。

まるで世界は「トロンプルイユ」だまし絵かもしれないよ。


既成概念を取り払って、目の前のものをよく観てみよう。

世界はもっと豊かなはずだ。

ブルトンたちはそう考えた。

想像力によって、精神の解放を目指した。


マグリットの絵は日本人にはもっともポピュラーだと思う。

一枚だけ最も好きな絵を取り上げよう。



マグリット 「大家族」





海があり、大きな空は曇っている。

ブルトンが「美とは驚異的なものだろう。さもなければ存在しないだろう」といったように

彼の絵には常に新鮮な驚きがある。


大きな鳥の形がある。

そのなかは綺麗な空だ。

彼の空が好きだ。


この鳥は羽ばたいているような開放感を生みだしているように見える。

それは自由を感じさせるのではないか。


わたしのプロフィールの写真にあるサモトラケのニケ。

これについてもいつか書きたい。

ニケと同様にこれからまさに飛び立とうとしている飛翔のイメージ。


鳥はわたしにとって「天使」や「妖精」と似ている。

わたしがこれらが大好きなことはみなさんがご存知だろう。


自由のイメージ。

開かれたイメージ。


天使や妖精は自由の使いのようなもの。

偉大なる自由を感じさせてくれる。


この絵はパソコンの壁紙や携帯電話の待ち受け画面に使っていたこともある。


マグリットは自由、あるいは解放をイメージさせてくれる偉大な画家だと思う。


ありがとう。

あなたは世界を豊かにしてくれた。

想像力というものを教えてくれた。

驚くことが感動に繋がることを教えてくれた。


マグリットはなんと言うだろう。

「わたしはなにものでもない。さてきみはなにものかね。

あなたは自由の使徒ですね。わたしはわたしではない。」

そんなことを思わせてくれるひとだ。


あらためて彼の世界に入り込んでみてもらえるとうれしい。

世界は思ったより多様で豊かだろう。



美しいものはいつも隠されている。

目に見える美しいものの奥に深い美があるだろう。

それこそわたしが出逢いたいものだ。


そしてわたしは出逢っている。


それはあなたのこころのなかにある。